Final Fantasy \ 9th Anniversary 『あの丘を越えて』参加作品
今や子守唄となっているその歌を、ガーネットは毎晩子供たちに聞かせている。そして、子供たちの横に寝そべってそれを聞くのが、ジタンの日課だった。
その日も、愚図る息子をようやく寝付かせて、ガーネットはふとジタンにこう訊いた。
「ねぇ、今日って何の日だかわかる?」
「今日?」
ベッドに寝そべって雑誌を読んでいたジタンは、顔を上げた。
「え、だってさ、出会った記念日は」
「1月15日よ」
「うん。で、再会した記念日も」
「1月15日」
「うん。で、結婚記念日は」
「5月16日」
「忘れるわけないじゃん。……で、今日って何の日だっけ? 七夕だけど」
ガーネットはふふ、と笑った。
「9年前の今日、わたしたちの物語は始まったのよ」
「9年前の、今日?」
「そうよ。ちょうど9年前の今日」
ジタンはしばらく眉根を寄せて考えていたが、やがて考えても無駄な問題だということに気付いて、やめた。
「それじゃぁさ、せっかくの記念日なんだから、思い出話でもする?」
ジタンが提案すると、ガーネットは「面白そうね」と請合った。
「そういえばあんまり訊いたことなかったけどさ、ダガーはオレのこと最初はどう思ってたの?」
「え?」
そこから始めるの? とガーネットは呟いた。
「最初は……あんまり印象良くなかったわ」
「えー、そうなの?」
「そう、何だか失礼な人だと思ったのよ」
と、ガーネットは唇を尖らせた。
「げ、ひどいなダガー」
ジタンは渋い顔。
「だって、階段でぶつかった時、すごく失礼なこと言ったじゃない」
「そうだったけ?」
「まぁ、忘れたの? 『生まれてからずっと、君に出会うことを夢見てた』なんて言ったのよ。バカにされたんだと思ったわ」
ジタンは「こりゃまいったな」と後ろ頭を掻いた。
「だってさ、カワイイ子だって思ったんだよ。ついつい悪い虫が疼いて……」
「あの頃は誰にでもそうだったものね、ジタン」
そう言うと、終いには「ふん」とそっぽを向いてしまうガーネット。
「誤解だって! その……本気じゃなかったって言うか」
「ええ、そうでしょうね。どうせわたしにも本気じゃなかったんでしょう?」
「それは違うよ!」
不意にジタンが大声を上げたので、せっかく眠った赤ん坊が僅かに愚図りそうな気配を見せた。
が、むにゃむにゃと口を動かしただけで、またすやすやと眠りについた。
「ジタン……!」
「ご、ごめんごめん」
思わずジタンの口元を覆っていたガーネットの右手を、ジタンはゆっくり剥がした。
「今ちょっとムキになっちまった」
冗談っぽい口調だったが、ジタンの目は真剣だった。ガーネットは戸惑ったように首を傾げた。
「今まで言わなかったんだけどさ、ダガーは特別だったんだよ」
「特別……?」
「すごく不思議な感じだったんだ。顔を覗き込んだ時、ダガーが哀しそうな目をしてて、それがオレに似てるなって、そう思ったんだ」
ガーネットは「え?」と驚いた声を漏らした。
「オレはあの頃、ずっと故郷を探してた。一人であちこち旅したり、一人旅をやめてからもずっと探してた。たった一つだけ憶えてた、記憶の『青』を探してたんだ」
やがて、彼の記憶にあった『青』は彼の前に姿を現した。
そして、彼の記憶にあった『青』が彼の心をずたずたに切り裂いた。
その時側にいたガーネットには、その時の彼の痛みが、まるで自分のもののように思い起こされるのだった。
「それで、わたしも同じだと?」
「そう思ったんだよ。似てる気がしたんだ。この子もきっと何かを――物じゃなくて、思い?みたいなものを探していて、それで不安に押しつぶされそうになってるんじゃないかって。
そんな風に考えているうちに、オレはタンタラスを出てでも、ダガーを助けに行くんだ。行かなきゃならないって決心してたんだ」
「そうだったの……」
ガーネットは少し潤んだ漆黒の瞳でジタンを見つめていた。
そう、あの時は運命なんかじゃないって思ったけれど。
やっぱり、これは運命だったのかもしれないと、ジタンはそう思うのだった。
誰かが彼に天使を与えたとしたら、それは神の仕業としか思えない。
「あの時助けに行って良かったって、今は心からそう思う」
そう言って、ジタンは零れそうな涙にキスをした。
***
「フライヤと初めて出会ったのは、その一人旅の間だったの?」
「そうだよ。オレはまだ戦闘初心者だったし、フライヤには随分助けられたんだ」
既に竜騎士として一流の腕前を誇っていたフライヤ。でも、その頃の彼女はまだどこか危うさを残していた。
「考えてみればさぁ……フライヤもまだ十代だったんだよな」
「わたしと初めて出会った時だって、今のわたしたちよりずっと若かったのよ」
「なんかなぁ……フライヤは生まれた時からずっと年寄りだったみたいな気がする」
「――ジタン。串刺しにされるわよ」
ガーネットはそう言って悪戯っぽく笑った。
笑ってから、ふと訊いてみた。
「ねぇ、フライヤのことも好きだったの?」
「いや」
ジタンはあっさりと否定した。
「あいつおっかなくってさ、母ちゃんみたいで全然そういう雰囲気じゃなかったな」
「せめてお姉さんって言ったら?」
「フライヤにもそう言われた」
へへ、とジタンは笑った。
「じゃぁ、ルビィのことは? 好きだった?」
「へ? 何でルビィが出てくんだよ」
「前から気になってたの。すごく仲が良さそうだし」
ガーネットの目は好奇心でいっぱいになっているので、ジタンは苦笑いしてから「うーん」と唸った。
「ルビィとは姉弟みたいな感じだったなー。あいつさ、タンタラスに来たばっかりの頃、妙にツンケンしてて、でもオレには最初っからわりと親しげだったっていうかさ。たぶん弟みたいに思ってたんだろうな」
と言ってから、ジタンは「あれ?」と首を傾げた。
「何?」
「いやさ、確かに最初は誰にでもツンケンしてたんだけどさ、よく考えたらあいつが突っかかってばっかりいた気がするのって、ブランクと絡んでばっかりいたからな気がするなーと思って」
ガーネットが思わず目だけで笑うと、ジタンも同じようににまっと笑った。
***
「そういえばさ、フライヤから聞いてびっくりしたけど、サラマンダーと前に会ったことがあったなんてホント気付かなかったんだよなー」
ジタンがそう言うと、ガーネットも頷いた。
「わたしも、あの賞金首の貼り紙がサラマンダーだったなんて信じられないわ」
「しかもそれが」
「ジタンのせいだったなんてね」
ガーネットはクスクス笑った。
「その時のことは覚えてないの、ジタン?」
「うーん、顔までは覚えてなかったんだけどさ、確かにでっかくておっかないヤツだった覚えはあるな」
ジタンはポリポリとほっぺたを人差し指で掻いた。
「まさかあれで賞金かけられるとはなぁ……ちょっと悪いことしたかも」
「フライヤが言うには、サラマンダーはあなたが正面から向かってこなかった理由を知りたくて、あなたを追いかけるようになったらしいってことだったわよ」
「だってさ、あんなでっかいヤツとまともにやってたら逃げられないじゃん」
ジタンが即答すると、ガーネットは数回瞬きして、
「……それはそうね」
と答えた。
「でも、サラマンダーは変わったと思うわ」
「確かに。最初の頃は全然馴染まなかったもんな」
「イプセンの古城で一度別行動したでしょう? あなたが追いかけていって連れ戻した後、色々考え込んでいたみたいだったわ」
「オレの行動があいつにとってはカルチャーショックだったんだろうな」
ジタンはそう言ってから、「しっかしさ」と伸びをした。
「なんでかあいつばっかりモテるよなー」
「またそういうこと言うんだから」
***
「スタイナーはダガーが小さい時から城にいたんだろ?」
「ええ、そうよ。プルート隊を結成した頃から、お父さまとお母さまの身辺警護をするようになったみたい。いつも近くにいたわ」
「若い頃からあんな感じだったのか?」
ガーネットは口元に手を当てて考えた。
「ほとんど変わってないと思う」
「若い頃からむさかったんだな」
ジタンが言うと、ガーネットは苦笑した。
「でも、スタイナーはすごく勘が鋭くてね、わたしがちょっと落ち込んでてもすぐ気が付いて、何とか励ましてくれようとしてたわ。お母さまが変わってしまって、トット先生が城を出て行かれてからは、わたしに味方してくれる人なんてほとんどいなかったけど、スタイナーが支えてくれていたの。今考えるとそうだったんだって思うわ」
「それ聞いたらおっさん泣いて喜ぶな」
ジタンは肩を竦めた。
「ベアトリクスはどうだったんだ?」
「ベアトリクスは……彼女も変わったと思うわ。あんなに優しい人じゃなかったもの。前はあまり喋ったこともなかったくらい」
「ふーん、そんなもんなんだな」
王家と騎士。それがこんなにも親しい間柄になったということは、確かにアレクサンドリアの歴史でも珍しいことなのかもしれない。
特に、スタイナーは叩き上げの兵士だったのだから。
「そういえば、クイナって前から城の料理番してたんだってな」
「そうなの。驚いたわ」
「まさかとは思うけどさ、カエル料理なんて出てこなかったよな」
ガーネットは少しの間、天井を見上げながら考えた。
「……断言はできないかも」
***
「ビビは……なんで一緒に行動するようになったんだっけ?」
ジタンが眉根を寄せて考えると、ガーネットは「あら」となじるような目線。
「そういや、ごたごたモメてる舞台に上がってきちまったんだっけ」
「そうよ。わたしがコーネリア姫を演じている最中に。それでわたしの正体がわかってしまって、お母さまがプリマビスタを砲撃して」
「それで魔の森に墜落したんだ!」
「そうそう」
ガーネットもコクリと頷いた。
「そっか、そんなこともあったなー」
ジタンは懐かしそうに目を細めた。
「それからビビは、わたしたちと一緒に旅をして、自分の出生に悩んだり、戸惑ったりして、いつの間にか大きく成長してたのよ。つらいことも多かったでしょうにね」
「オレは……一番大事な時に、側にいてやれなかったな」
「ジタン」
ガーネットは、俯いたジタンの右腕に、慰めるように触れた。
「ビビを成長させたのはあなたよ。みんなあなたに影響されて、大きくなれたの。あなたはすごい人なのよ」
ジタンが顔を上げてガーネットを見つめると、ガーネットは微笑んだ。
「そーかな」
「そうよ。だからあの時、みんなであなたを助けに行ったんだもの」
「――パンデモニウム?」
「そう」
ジタンは照れくさそうに後ろ頭を掻いた。
「あれは――感謝してる」
ガーネットはニコニコと笑いながら、ジタンの顔を覗き込んだ。
「あの時さ、ダガーが言ってくれたことがすげー嬉しくてさ」
「わたしが言ったこと?」
「忘れた?」
「一生懸命だったから……あまり覚えてないかも」
なんだよーとジタンはがっかりした顔をしたが、どこか満足気だった。
「どうしてそんな顔するの?」
「だってさ、覚えてないってことは逆に本心だったんだなーって思ってさ」
「当たり前じゃない、わたしは嘘なんて言わないわよ? あなたじゃないんだから」
「……ダガー、オレのこと何だと思ってるの?」
「盗賊」
***
「エーコと出会ったのは、コンデヤ・パタからイーファの樹へ向かう途中だったのよね」
ガーネットがそう切り出すと、ジタンは何度か頷いた。
「なんか、子供のクセにマセてたよな」
「そういうこと言うと怒るわよ、エーコ。大人のつもりだったんだから」
「確かに、今でも子供のクセにマセてるしなー」
と言うと、「ジタン」とガーネットが窘めた。
「オレさ、エーコが超積極的にアピールしてくるもんだから、ダガーの気持ちをちょっと理解しちゃったりしたんだよな」
「あら、そうなの?」
「オレもあの頃、ダガーにすげぇアピールしてたじゃん。今から考えると若気の至りってゆーか、恥ずかしいけど」
ガーネットはふふ、と笑った。
「なぁ、いつから気付いてた? オレの猛アピール」
「うーん、それが良く思い出せなくて」
ガーネットが考え込むと、ジタンは9年ぶりの「ガックリ」を発動したが、
「でも、ジタンのことを意識し始めたのは、たぶんあの時だわ」
そう言うと、俄然やる気が出てきた。
「どの時?」
「リンドブルムであなたに厳しく諌められて、子ども扱いされたと思って別行動を取った時よ。意外だったの。あなたが真面目に諭すから、妙にムキになって」
ジタンは「へぇ」と片眉を上げた。
「それで、あなたが他の女の子に興味を持ったりすると、妙に気になっちゃったりして。あの頃から意識し始めてたと思うわ」
ジタンが締まりのない顔でニヤニヤし始めたので、ガーネットはコホン、と咳払いした。
「そういやあの時さぁ、ホントにビックリしたんだよ、コンデヤ・パタで。結婚してもいいなんて言うから」
ジタンがふと思い出してその話を振ると、
「そうしなければ先へ進めなかったんだから、仕方ないじゃない?」
とクールなお答え。
「いやでもさ、仮にも結婚式だぜ? 普通の女の子なら尻込みするところだろ」
「あら、わたしが普通じゃないって言いたいの?」
そーいうことじゃなくてさぁ、とジタンは後ろ頭を掻いた。
「嫌いなヤツだったら普通断るだろ? ってこと」
「あの時から好きだったって言って欲しいの?」
「そうじゃなくてさ……いや言って欲しくはあるけど」
「そうよ、好きだったの」
ガーネットがあっさりとその言葉を口にするので、ジタンは「へ?」と顔を上げた。
「あなたが好きだったのよ。今ならはっきりわかる。
あの頃のわたしは、世の中のことなんて何も知らなくて、同じ年頃の友達もいなかったし、ましてや同世代の男の子となんて、話をしたこともなかったわ」
うんうん、とジタンは頷いた。
「だから、よくわからなかったの。いつもふざけてばっかりで、突飛なことを言ったりしたりして、でも頼りになって、本当は優しくて……あなたはそんな人だったから、好きだったのよ」
でも、とジタンが思い切り破顔してしまう前に、ガーネットは言葉を継いだ。
「本当にあなたが大切で、掛替えのない人だって気付いたのは、あなたがいなくなった後だったわ」
それから長い間、ガーネットは一人で苦しみ続けた。
そのことを思うと、ジタンは申し訳なくてたまらなくなるのだ。
「初恋は実らないって言うのにね、あなたは帰ってきた」
ガーネットはそう言って笑った。ジタンは笑顔ごとぎゅうっと抱きしめた。
***
「ねぇ、ジタン」
「なんだい?」
「わたしのところへ帰ってきたこと、後悔してない?」
「どうして?」
「だって、あなたには他にも帰るところがたくさんあったでしょう? タンタラスとか、ミコトやジェノムたちのところとか……昔の恋人のところとか」
「……ダガー」
と、最後の一言に不機嫌な声で突っ込みを入れつつ。
「他のところへ帰ろうなんて、思いもしなかったな。ダガーのところへ帰るんだって、そのことしか考えられなかった」
「ジタン……」
ガーネットはほっとしたような嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ダガー」
ジタンは立ち上がると、最初に出会った時と同じように顔を覗き込んだ。
「幸せかい?」
少し冗談めかしたその言葉に、ガーネットはふっと小さく笑ってから、答えた。
「ええ、とっても」
-Fin-