海に陽の落ちる瞬間が好きだ。
 冬の海に沈む夕陽は、特に綺麗だと思う。
 でも、ここから見る色は好きになれない。
 まるで、燃え尽きようとする魂みたいだ。
 命が燃え尽きたら、誰もがみな、土に還る。
 例え、どんなに幸せな人生を送ろうとも。
 例え、どんなに不幸な人生を送ろうとも。
 ブランクはじりじりと体を凍えさせる夜の風を感じて、無意識に身をすくめた。


 寒い。
 帰らなくては。


 ―――どこへ?


 母親が哀れな人間だったことは、あの女の話でよくわかった。


 ―――だったら、なんだ?


 そんな哀れな母親にあっさり捨てられた俺は、もっと哀れだ。

 可哀想に、とあの女は言った。
 俺を、可哀想と。



 ひどく気分が悪かった。
 ―――こんなところ、やっぱり来なければよかった。俺がどんなに恨んだって、こいつの人生も、俺の人生も変わらない。
 せめて、自分を捨てた母親が幸せに生きていてくれたら……!



 カサリ、と、人の気配が冷たい空気を貫いた。
 ブランクは反射的に、虚ろな目を向ける。
 その瞳は、次第に色を取り戻していった。
「……あいつ」
 どうして?
 どうやって?
 いつから?
 ブランクは思わず、金色の頭が座り込んでいる墓の入口に向かって歩き出した。
 ジタンはこちらを見てはいなかった。
 ただただ、じっと空を見ていた。
 しかし、足音に気付いたのか、やがて彼は立ち上がった。
 二人は無言のまま向かい合った。



「―――何してんだ、こんなところで」
 先に口を開いたのは、ブランクだった。
「待ってた」
「俺を?」
「うん」
「なんで」
「……なんとなく」
 ジタンは言葉を続けようと口を開けたまま、しかし何も言わなかった。
 再び静寂が訪れた。
「きっと喜んでるな、ブランクのお母さん」
 しばらくしてから、ジタンはようやく次の言葉を発した。
 無邪気な青い瞳を、褐色の瞳は半分睨むように見据えた。
「まさか」
「喜んでるさ。決まってるだろ?」
 ジタンは、意味もなく足元の小石を微かに蹴飛ばした。
「だって、きっと心配してたと思うから」
 生きているのだろうか、どこでどうしているのだろうか、幸せだろうか。
 きっと彼女は息子の身を案じ続けたに違いない。
 ジタンは端からそう信じきっていた。
「……ブランクの、たった一人のお母さんだもんな」
 ジタンが呟き、ブランクは俯いた。
 ―――そうだった。
 それが痛みの原因だったのだ。
 この世にたった一人、自分を生んだ人。
 この世にたった一人、自分と世界をつないだ人。
 疎まれようと、憎まれようと、捨てられようと。
 疎んでいようと、憎んでいようと、恨んでいようとも。
 彼女は、この世にたった一人の母親だった。
 彼女のために花を手向けてやれるのも、彼女のために冥福を祈ってやれるのも。
 彼女のために泣いてやれるのも、自分だけだったのだ。



 空を駆けていく雲を、ジタンはじっと見上げていた。
 風が強い。
 また、雨が降るかもしれない。
 ……でも、そんなことどうでもいいや。
 ブランクがお母さんに会えて、よかった。






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