Sandglass〜Prelude〜


<1>

 アレクサンドリアの寒い冬。
 キンと冷えた十二月の、不機嫌な空模様の日の午後。
 女王ガーネットの部屋では、彼女の二人の娘が暖炉の前を陣取り、母親から編み物を習っていた。
 とは言っても、次女のサファイアはまだ五つになったばかり。毛糸とじゃれあって猫のように遊んでいるだけ。八つになった長女のエメラルドは真剣だったが。
 母親のガーネットは、先ほどから手紙に目をやり、微笑んでいた。
「お母さま、エーコお姉さま、なんておっしゃってるの?」
 母親譲りの黒髪に、一見すれば黒い目―――実は日の光にかざすとそれは濃い緑色なのだが―――。額には召喚士の証である角が生えており、歳のわりに大人びた表情のエメラルド姫。一心に手を動かしながら、母親に尋ねた。
「ん? あのね。結婚式に来てくださいって」
「本当? お姉さま、結婚なさるの?」
「そうよ……あら。サファイアったら、毛糸に絡まっちゃって、ダメじゃない」
 ガーネットは立ち上がり、サファイアを立たせて絡まった毛糸をほどいてやった。
「ホントに、あなたは猫さんみたいね」
 父親譲りの金髪頭に手を乗せ、ガーネットは微笑んだ。
 サファイアはその風貌があまりにも父親に似ていたため、生まれたときには両親でさえびっくりしたものだった。
「猫さん、大好き!」
 シッポをフラフラ揺らし、サファイアはにっと笑った。
 ―――こんなところまで似てるんだから。
 ガーネットはいささか苦笑気味に笑うと、サファイアを抱き上げ、黙々と編み物に集中するエメラルドの側に座った。
 長女は母親に、次女は父親に。
 姿から性格、行動パターンまで似ている。
 エメラルドを見ていると、自分の子供のころを思い起こして、懐かしくなることもしばしば。
 サファイアを見ていると……これはもう、ジタンの子供の頃はこんなだったのだろうと可笑しくなるのだ。
「それでね、エミー」
 ガーネットは編み物の手がキリのいいところまで終わらせたところを見計らって話しかけた。
「はい、お母さま」
「エーコお姉さまはね、あなたたちに花嫁の介添娘をお願いしたいそうよ」
「かいぞえむすめ?」
「ええ、そう。ほら、綺麗なお洋服を着て、花嫁さんのベールを持って歩く女の子よ」
 彼女は目を輝かせた。
「やってみる?」
 ガーネットは微笑みながら、決まりきった答えの問いをし。エメラルドは大きく肯いた。
「サフィーもやる!」
 母親のひざの上、毛糸に夢中で聞いていなかったように見えたサファイアも、姉がやるなら自分もやるのだと、足をばたつかせて主張した。
「はいはい。じゃぁ、エーコお姉さまにはそうお返事しておきましょうね」
 ガーネットが可笑しそうに微笑んだとき、部屋の扉が開いて廊下の冷たい空気が流れ込んできた。
「ふぅ、寒かった。ただいま〜」
 その声に、母娘は振り向いた。
「お帰りなさい、お父さま、ダイアン」
「おかーりなさい!」
「あら、剣のお稽古は?」
 ジタンはガーネットに歩み寄り、長男のダイアンを肩車したまま屈み込んで額にキスしてから答えた。
「雪が降りそうだったから、早めに引き上げてきたんだ。な、ダイ」
「うん!」
 六歳になってからというもの、ダイアンはスタイナー隊長に引っ張り出され、彼の息子たちと共に剣術を習っていたのだ。
 スタイナーが真面目に手解きする姿を、ジタンは面白半分に見学していた。
 というより、息子が怪我でもしないかと心配する妻に頼まれて見に行っている感が強かったが。
「おにいさま、ずるい!」
 サファイアはジタンの足元にへばりついた。
「なんだ? お前も肩車がいいのか?」
「うん!」
 青い目をキラキラさせて見上げてくる娘に極甘の父は、彼女を片手で軽々と抱き上げた。
「おにいさま、サフィーの番だよ」
「ダメだよ! お稽古が終わったらずっと肩車してくれる約束だもん!」
「サフィーの番!」
 父親の肩の上で喧嘩し始める弟妹を、エメラルドはにこやかに見ていた。
「エミーも、肩車してやろうか?」
 ジタンはにっと笑いながら尋ねる。
「いいえ、お父さま。わたしはそんなに子供じゃありませんから」
 エメラルドは澄まして答える。
 ……どこかで聞いたようなセリフだな。
 ゲンナリしているジタンの顔を見て、ガーネットはくすくすと笑った。
 その時、ノックの音がし、再び部屋の扉が開いて。
 甘い香りと共に、色の白い巨体が入ってきた。
「おやつアルよ〜」
「あ、クイナちゃんだ!」
 父親の肩によじ登ってばたばたしていたサファイアは、捕まえられていた腕をするりと抜け、背中側にくるりと空中回転して絨毯の上に着地し、いち早く大好きな料理長の方へ駆け出す。
 ジタンとガーネットは思わず顔を見合わせた。
 おやつに釘付けのダイアンを降ろしてやってから、ジタンはガーネットの側に座り込み、囁いた。
「ホントに、オレにそっくりだよな」
 ガーネットは微笑んだ。
「ええ、本当によく似てるわね」
「エミーはダガーにそっくりだしなぁ」
 そのことに関しては、ガーネットは少なからず心を痛めることが多かった。
 自分と同じように、「王女らしく」しようとして無理していやしないか、と。
 そんな不安を話す度、ジタンはいたずらっぽく笑って言うのだ。
 「ま、オレの血も引いてるわけだし」、と。

 長女が生まれたとき、その子がガーネットに似ているので、ジタンはふざけた調子で喜んでいた。
 将来、「べっぴん」になりそうだ、と。
 少し癪に障ったガーネットは、殿方に引っ張りだこにならなければいいわね、と言ってやったが。
 それ以来、ジタンは娘を嫁にやるときのことは考えないようにしているらしかった。
 長男が生まれてみると、髪も目も、なぜか茶色。
 ガーネットは色味が混ざったのだと解釈したが、ジタンはスタイナーの子供じゃないのかとふざけていた。スタイナーが活火山のように怒ったのは言うまでもない。
 しかし、息子の顔立ちはかなりジタンに似ていた。
 やがて次女が生まれ、金髪にシッポのその子を見て、周りの人々は唖然とした。
 いや、両親さえ唖然とした。
 育つに連れますます父親に似てきているため、いつか大事を起こすのではないかと周囲がハラハラしているのを、ガーネットはさも可笑しげに見ているのだった。
 「ったく、失礼だよな」という、夫の言葉と共に。

 姉弟たちはテーブルに腰をかけ、大騒ぎでおやつを食べ始めた。
 その日のおやつはクイナ特製りんごの砂糖煮にクリームを添えたもの。
 まだ小さなサファイアが椅子に立ち上がってしまっているので、ジタンは彼女を抱き上げ、椅子に座って膝の上に座らせた。
「ほら、ダイ、よそ見するな。おいおい、サフィー、父さんの膝にクリームこぼさないでくれよ」
 ガーネットは優しく和ませた目でその様子を見ていた。
 クイナが側に寄ってきて、
「ジタンはすっかりお父さんらしくなったアルね」
 と言ったので、
「そうね。まるくなったわね」
 と肯いて見せた。
 耳がいいジタンに、それが聞こえないわけがなく。
 エメラルドは不思議そうに父親の顔を覗き込んでいた。




・・・え〜、ここで一つ言い訳を。
「介添娘」=トレーンベアラーが合っているのかどうか、不明です。
というより、合ってないと思われますが、
日本語でなんていうのか知らなかったので勘弁してね♪(殴死)



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