<2>



 セレスはかしこまったお辞儀をしてからガーネットの部屋へ入った。
「そんなに他人行儀にしなくていいのよ、セレス。あなたのご両親とわたしは仲良しなのだから」
 ガーネットは微笑んだ。
「はい」
 セレスもにっこり微笑む。
「お元気そうでなによりです、ガーネット様」
「あなたもお元気そうね。お父さまや妹さんたちはお元気?」
「はい。相変わらずでございます」
 ガーネットは頷いた。
「そう。―――フライヤとはこの間会ったけれど……」
「実は、そのことでご相談が」
「まぁ、なぁに?」
「はい。かれこれ三月ほど前になりましょうか、母は突然世界各国を巡る旅をすると申し、ブルメシアを飛び出したのです」
 ガーネットはクスクスと笑い出した。
「そういえば、そんなことを言っていたわ。最近モンスターの動きがおかしいからって」
 セレスは頷いた。
「しかし、一人で行くとはと父が心配いたしまして、こうして私が共に行こうと国を出ては参ったのですが、なかなか行方が掴めませんで―――」
「アレクサンドリアの次は、たぶん、リンドブルムだと思うわ」
 ガーネットは心情を察してそう言った。
「『もう直狩猟祭じゃのう』って言ってたから。でも、もうあれからひと月以上経っているし、たぶんまたどこかへ移動してはいるでしょうけど……」
「そうですか。それだけでもわかれば十分にございます」
 セレスはぴっしりとしたお辞儀をした。
「リンドブルムへ行くのは明日にして、今日はゆっくりしていって頂戴、セレス」
 ガーネットは微笑みながら引き留めの言葉を口にする。
「しかし―――」
「あら、遠慮なんてしないでね。子供たちも退屈しているし、ちょうどよかったわ」
 ガーネットは立ち上がり、扉の外にいる兵士に客室の用意を言付けた。


***


「あの―――姉上」
「なぁに?」
 ダイアンは不安げな瞳で姉を見た。
「僕のせいだったんでしょ? 姉上が城から―――」
 ああ、とエメラルドは微笑んだ。
「あなたのせいではないのよ、ダイアン」
「でも―――」
「わたしはね、あなたに戦場に行って欲しくなかったの。お父さまやお母さまに辛い思いもして欲しくなかったし。だから、わたしはわたしのために、シド様に嫁ごうと思ったし、城から出ていこうと思ったのよ」
「嘘ではない?」
 茶色い人懐っこい瞳は、真剣に姉の目を覗き込んだ。
「ええ、嘘ではないわ」
 エメラルドは微笑みながら肯いた。
「でも―――ごめんなさい」
「あら、どうして?」
「僕がもっと剣術に長けてたら、姉上は悩まなくて済んだのに」
「そうねぇ……でも。わたしは、剣が上手なあなたより、今のあなたが好きよ」
 エメラルドは弟ににっこりと笑いかけた。
「本当?」
「ええ。その方があなたらしくて、わたしは好き」
 ダイアンは笑顔になった。
「なら、いいや。父上がね、きっともう少し背が伸びたら、もっと剣は上手くなるからっておっしゃったんだ」
「でも、最近は随分と背が伸びたじゃない。ついこの間まで、わたしの肩にも届かないと思ってたら」
「お兄さまは大器晩成型なんだよ」
 急に窓から声がして、二人は振り向いた。
「まぁ、サファイアったら! また窓から帰ってきたの?」
「だって、ベアトリクスに見つかったら叱られるから」
「窓から帰ってきたところを見つかったら、もっと怒られると思うよ」
 ダイアンは呆れた顔をして忠告した。
「さっき母上がサフィーを探してたよ。一体どこに行ったのかって」
「そう? じゃぁ、ちょっとご挨拶してこよっと」
 サファイアは窓枠から跳ね降りると、颯爽と姉の部屋を出ていった。
 彼女の姉と兄は、その背中に苦笑交じりの溜め息を送った。
「―――でも」
「? なぁに、ダイアン」
「うんん……なんでもない」
 ―――サファイアぐらいに思い切りのいい性格だったら、僕も戦に行くって強く言えたんだろうな。

 誰かがノックする音がして、エメラルドは慌てて扉を開いた。
「失礼してもよろしいですか」
「あら、もしかして……あなた、セレス?」
「いかにも」
「まぁ、お久しぶりね! エメラルドです」
 竜騎士はにっこりと笑った。
「いついらしたの?」
「つい先程―――ああ、ダイアン。さっきは失礼した」
 窓際で小さくなっている少年に、セレスは笑いかけた。
「弟と何か?」
「いやなに。手合わせを願い出て、つい勝ってしまってのう」
 セレスは愉快そうに笑った。
「まぁ。あなたとダイアンじゃ、ちっとも勝負にならないんじゃなくて?」
「いやいや。弟君はよき剣士におなりじゃろう。筋がよさそうじゃからの」
「本当に? まぁ、よかったわね、ダイアン」
 姉に微笑まれて、ダイアンは俯いたまま、小さく頷いた。
 ―――なんだろう。なんだかあんまり楽しくない。
 話し興じている二人を残し、ダイアンは部屋を出ていった。


「―――はぁ」
 夕闇が空を支配している。
 廊下の窓から半分身を乗り出して、ダイアンは大きな溜め息をついた。
 母親の部屋から、二人分の笑い声が聞こえる。
 でも、とてもそっちに行く気にもなれない。
 ―――こんなとき、父上がいたらなぁ。
 きっと、何かためになることをおっしゃってくださるのに。
「―――はぁ」
 と、二度目の溜め息を吐いたとき。
「いかがされた?」
「え?」
 ダイアンが振り向くと、その先にはセレスが立っていた。
「な、なんでもない!」
 ぱっと顔を赤くして、ダイアンは頭を振った。
 もっとも、夕焼けの色に染まったその顔がいくら赤くなろうと、セレスには与り知れなかったが。
「すまぬの。私が手合わせなど申し出たばかりに、嫌な思いをさせたようじゃな」
 セレスはダイアンの側まで来ると、小さく頭を下げた。
「―――そんな!」
 ダイアンはぶんぶん頭を振った。
「セレスは悪くないんだ。僕の剣が下手だから、父上にも母上にも、姉上にまで迷惑かけて……。おまけに、女の子にまで負けちゃうんだ―――」
 ダイアンは項垂れた。
「やはり私が悪かったのじゃ。すまぬの、ダイアン」
 セレスはダイアンの肩に手を置いた。
「きっと、おぬしは強くなる。男じゃからな。私は最早これまで。腕は落ちようとも、これ以上、上達はせぬ」
「―――え? な、なんで!?」
「女だからのう……」
 セレスの目は、窓から夕日に向かった。
「女は、男に比べて体力も低いし、腕力も低い。常套じゃ」
「そんなの!」
 ダイアンは眉を顰めた。
「そんなのおかしいよ。男だとか、女の子だからとか、関係ないよ」
「あるのじゃ。おぬしも今言うたではないか。『女に負けた』とな」
 ぐっと詰まった少年を、彼女は微笑んで見つめた。
「この世はそのように決まっておるらしい。仕方のないことじゃ」
「―――でも」
 俯いたまま、ダイアンは呟いた。
「セレスは強いと思うよ。―――女の子なのに、ってわけじゃなくて、だよ。父上がおっしゃってたんだ。本当に強い人間は、剣が上手いとか、力があるとかじゃなくて、心が強い人なんだって。……僕もそう思うんだ」
 セレスは一瞬息を呑んだ。
 俯いたままのダイアンは気付かなかった。
「それに―――僕ね、女の子の方が弱いとか、そういうつもりで言ったんじゃないんだ、負けちゃったって。恥ずかしかったんだ。その―――セレスに、負けたのが」
 思い切って顔を上げたダイアンの目が、セレスの目とぶつかった。
「―――ごめんなさい」
「何を謝るか」
「―――何となく、悪いような気がするから……。母上がね、ごめんなさいとありがとうが素直に言える子が好きだっておっしゃってから、ずっとそうしてるんだ」
「子供のようなことを申すのじゃな」
「子供だもん、まだ」
「もう直十六じゃと聞いておるが?」
 ダイアンは頷いた。
「そうだよ」
「では、もう充分大人の仲間入りじゃな」
「そうなの?」
「そうじゃ。十六なら、もう自分の考えで行動できる歳ということになっておる」
「―――でも、尊敬する人の言うことは、やっぱり素直に聞くべきだと思うよ。僕よりずっと長く生きている人たちだもの」
 セレスは、ふむ、と頷いた。
「一理あるの」
「だろう?」
 ダイアンはにこっと笑った。
「でも、自分の考えで行動できる歳になる、っていうのも素直に聞いておこうっと。セレスは僕より年上だもんね」
「歳のことはあまり申すでない」
 セレスは眩しい笑顔から目を逸らして、幾分気を悪くした口調で答えた。
 ダイアンはめげもせず、笑っていた。
「ねぇ、セレス」
「なんじゃ?」
「僕、頑張って稽古して、きっと強くなるから。そしたら、また勝負してくれる?」
「―――よいじゃろう。それまでに、私ももっと、槍技に磨きをかけておくのでな」
「え―――っ!! 今より強くなっちゃったら、いつ追いつけるかわからないよ!」
 セレスはふっと微笑むと、
「私に追いつこうなど、十年早い」
 と言い残して去っていった。
 ダイアンはぷぅっと頬を膨らませたが、堪え切れずに笑い出した。



  それは、春もまだ浅い頃。
  淡い淡い、恋の話でありました―――。




-Fin-


というわけで、小休止。その恋シリーズ第2弾は、長男ダイアンのお話でしたv
短いな〜・・・いや、もう彼はですね、何にもないんですよ。
大変真面目で品行方正なんでね(笑)
年上のお姉さんにちょっぴり憧れて、ちょっぴりほろ苦い恋をして。・・・だから何だ(笑)
ダイアン君は、顔はジタンに似てますが、中身はどちらかというとガーネット似ですね。
ほんわか系の可愛い少年ですv なんかビビに似てるな(笑)
「誰それがこう言った」が口癖のようです。。。もうすぐ16歳なのに(^^;)

さて、続きまして、次女サファイアの恋。
暗いです。読んでいただけたら嬉しいですが、どうぞご無理なさらずに・・・。
2002.9.20





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