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 ステラが目を開けると、心配そうな顔の若い女中が覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
 大丈夫、と小さく答えたけれど、大丈夫ではなかった。


 ただ、この身で包んで暖めて、待っていただけだった。
 彼はまた帰ってくると、信じて待つこと以外、何ができただろうか?
 本当に死んだはずがない。こんな風に私を置いて逝ってしまうはずがない。
 彼は「待っていて」と、確かにそう言ったのだから―――。
「急にお顔が真っ青になって、倒れてしまわれたんですよ」
 若い女中はそう言った。
「もう20年近くもお世話をされていた方が亡くなったのですから……無理もないことですけど」
 ステラは、無意識に自分の腹部に手を当てた。
 危険はなかっただろうか……この子に何かあったら生きてはいけない。
「お医者さまは?」
「さっきお呼びしに行ったばかりです」
「大丈夫だから、お医者さまはいいわ」
「え、でも」
 面食らった顔の彼女を残し、ステラはメイドの宿直室を出た。
 医者に診てもらうわけにはいかない。
 そんなことをしたら、私は生きてはいかれない。


 ―――ダイアン様。あなたの御子は、私が必ず守ります。



「ステラ」
 突然名を呼ばれて、思わずびくりと背を震わせた。
「じょ、女王陛下……」
 その人が、ほとんど血の気も差さない顔で彼女を見つめて立っていた。
「私の部屋へ来てくれる?」
 一歩、後ずさる。
 まさか、気付かれて―――?
 エメラルドがまだ女王位に就く前から彼女を知っていたステラは、その洞察力の鋭さを十分にわかっていた。
 怯えた表情のステラに、ほんの少しだけ笑顔を向けるエメラルド。
「違うわ……そうじゃないの」
 それで、ステラは女王がすぐにでもその子を取り上げるようなつもりはないことを知った。
「来て頂戴」
 衣擦れの音を立てて、女王は自分の部屋へ向かう。
 それは、まるで運命の鐘が鳴り響いてでもいるかのように聞こえた。



***



「間もなく葬儀になるでしょう」
 ステラが女王の間へ入ると、女王は彼女に椅子を勧め、ごく小さな声でそう呟いた。
「犠牲者の地位が地位だから、国葬になると思うの。そうなれば、いくら鎖国状態とは言え、各国の首脳クラスもこのアレクサンドリアを訪れることになるわ」
 俄かに始まったその説明に、ステラは何のことかわからずただ目を瞬かせた。
「リンドブルムからは、エーコ公女をお呼びする予定です」
「エーコ公女……」
「私の両親の古い友人で、とても頭の切れる方よ。訳を話せば、必ず協力してくださるはず」
 協力? と、ステラの唇は音を立てずに動いただけだった。
「あなたは、エーコ公女と共にこの国を脱出しなさい」
「……!」
「それ以外、あなたとお腹の子が無事でいられる見込みはないわ。辛いでしょうけれど、そうして頂戴」
「しかし―――!」
 エメラルドはゆっくりと首を横に振った。
「あの子が愛した人よ、どうしても助けたいの。きっと上手くいくように手筈を整えるから、あなたはただそれに従って付いてゆけばいいだけよ」



 ―――罪滅ぼしのつもり?
 その策を聞いたエーコ公女は、エメラルド女王にそう問うた。
 女王は答えなかった。
 ただ、弟の恋人とその子を救うことだけが、今の彼女の切り刻まれた心を支えていた。



 アレクサンドリアを弔問したエーコ公女の一行は、数日をかの城で過ごし、リンドブルムへと帰途に着いた。
 行きと帰りとで、公女の侍女が一名増えていたことに気付いた者は誰もなかった。
 ステラは、エーコ公女の手で無事リンドブルムへと亡命を果たした。



 程なくして、彼女は女の子を産む。
 しかし、その小さな愛し子を残し、彼女は最愛の人のところへと旅立ってしまった。
 死んでも側にいる。本当に、その言葉通りになった。





 あなたの本当の父親は、
 ダイアン・フェイル・アレクサンドロスという人よ。


 その子がそう教えられる日まで、六年の月日が流れることとなる。








-Fin-







やっとお目見えです。ダイアンの最期と3世エーコの誕生エピソードでした。
いつか書きたいとは思っていたのですが、あんまりシーンが暗いしどうしようかなーという感じで、
でも、やっぱり最後まで書けて嬉しいです。
そして。2世レギュラー(?)のウィリアムも同時に逝ってしまいました。。
彼らがこういう運命を辿ることは、3世を書く時点で決していたのですが、
やっぱり寂しいというか悲しいというか、でもその分思いを込めて書いたつもりです。

平和を祈る8月。大切な人を残して逝かねばならない人が、二度とうまれませんように。

2008.8.9




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