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「エミー! ああ、よかった―――帰ってきてくれたのね!」
ガーネットは娘をぎゅっと抱き締めた。
「お母さま、わたし……」
「もういいのよ。あなたは帰ってきてくれたんだから。そこまで追いつめてしまったのは、わたしの責任だわ。ごめんね、エミー」
ガーネットはしばらく娘を抱き締めていたが、「体が冷え切ってしまって」と言うと、暖炉の火を強くした。
「いつから、ウィリアムのことを?」
ガーネットはエメラルドの手を取ると、慈しみ深く、ゆっくりと尋ねる。
「今となっては、もういつだかわからないの、お母さま」
エメラルドは睫を伏せ、頬を朱に染めて答えた。
「その気持ち、よくわかるわ」
ガーネットは頷いて言った。
エメラルドは顔を上げる。
「お母さまも?」
「ええ。今となっては、初めて会った時だったのか、いつからだったのか、自分でもまったくわからないわ」
エメラルドは母の目をじっと見た。
「わたし、逃げ出したりして卑怯でした。逃げないで、立ち向かうことが大切だって、フライヤおばさまのお話を聞いていて思ったの」
「わたしとお父さまの話?」
「はい」
「―――そうね、逃げないことは大切だと思うけれど……」
ガーネットは立ち上がり、窓から寄り添う双子の月を眺めた。
「わたしね、お父さまに一度『逃げて』と言ったことがあるの」
「―――え?」
エメラルドは驚いて立ち上がった。
「お父さまに生きて欲しいと思った時。たとえ永遠に会うことがなくても、どこかで生きてさえいてくれればいいと思ったときに、『逃げて』ってお願いしたのよ」
ガーネットはやがて月から目を離すと、娘の顔を見つめた。
「一番大切なのはね、生きることだと思うの。そして、誰かを愛すること。そのために逃げるのなら、それは勇気のある、素晴らしい行動だと思うわ」
―――というのは言い過ぎかしら。
ガーネットは少し戯けたように微笑むと、エメラルドの頬を両手で包んだ。
「あなたは綺麗になったわ。さぁ、エメラルド。あなたはあなたの幸せのために、勇気を持って逃げ出さなければ。あなたを包む『王女』の殻から」
***
「この馬鹿者が!」
ガシャン!
―――ここは、プルート隊控え室。
「おいおい、おっさん。もう勘弁してやれよ。そんなに怒ると血圧上がるぜ?」
「貴様は黙っておれ!」
お冠のスタイナー隊長。
「―――その言動、本末転倒だよな」
ジタンが苦笑いを浮かべたが、スタイナーは気にも留めず、息子に向かって癇癪をぶつける。
「あれ程言ったであろうが! 姫さまは至高の存在だと!」
「はい。すみません、父上」
「お前は、身分をわきまえるということを知らんのか!」
ガシャン!
「申し訳ありません」
ちなみに、さっきからガシャガシャいっているのは、隊長殿の鎧。
やがて、ようやく血が下がってきたのか、スタイナーは手近な椅子に腰を下ろした。
「まったく、よもや姫さまを城から連れ出すとは、呆れた奴だ」
「すみません―――でも……」
「口答えするな!」
しゅっと剣が出て、ウィリアムの鼻先で止まる。
「おっさん、もういいじゃねぇか。オレがいいって言ってんだし」
「貴様なんぞにいいと言われても何の気休めにもならん」
「ひっで〜。ダガーもいいって言ってたぜ?」
「何とお心の広いお方だ、陛下……」
ジタンは半目になってスタイナーを見た。
「えらい違いだな……。―――あのさ、ウィリアム」
「はい」
父親に叱られるときより怯えた顔で、ウィリアムはジタンを見た。
「いや、そんな恐い顔すんなよ。まぁ、さ。今回のことはいろいろ事情もあったわけだし、大目に見るとしてもさ」
ジタンは逆さまに座っていた椅子から立ち上がって、ウィリアムの側まで歩み寄った。
「お前さ。エメラルドのこと本気なんだな?」
問われた本人は、息が詰まって返事が出来ない。
「本気で愛してるんだな?」
ぎこちなく、しかし強く頷くウィリアムに、ジタンはにっこり微笑んだ。
「よし、わかった。って言うか、知ってたけど」
「なんだと?」
スタイナーが唸る。
「いや、さ。あれいつだったかな。薔薇園でエミーと話してただろ? その時、困ったと思ったんだよな。ちょうどエミーには縁談が来た頃で、でもほら、そういう気持ちってわかるからさ」
ジタンはニッと笑った。
「ま、こういう展開になるとは思わなかったけど。……エミーの気持ちを理解してなかったオレたちも悪かったと思うしな。―――ところで」
挑戦的な笑みを浮かべると、ジタンはスラリと腰に差した短剣を抜いた。
「アレクサンドリアじゃ確か、娘に求婚するときは父親と決闘する習わしがあるんじゃなかったか? スタイナー」
「確かにあるが……まさか?」
「ウィリアム、オレに勝ったらエメラルドをお前にやる」
「貴様は何を言い出すのか!」
「おっさんは黙ってろよな。―――ウィリアム」
「は、はい」
「エメラルドを生涯幸せにすると、お前の剣に誓えるか?」
「……はい!」
「よし、じゃ、容赦はしない。オレに勝ったら、エメラルドはお前のもんだ!」
シュッと、短剣が空気を切った。
***
「もう、信じられないわ、ジタン!」
せっせと包帯を巻く手を休めず、ガーネットは怒った口振りで言った。
「まさか、怪我をさせたのではないでしょうね?」
「あっちは無事。結構手加減も難しいもんだな」
「手加減するくらいなら、やめればいいのに」
ガーネットは頬を膨らませた。
「わからないかなぁ。あいつさ、ウィリアム。自分に自信がないんだよ、たぶん」
「え?」
ジタンが思わぬことを口走り、ガーネットは目を見開いた。
「どうして?」
「三男坊はいろいろ言われて大変だろ? やれ兄貴たちはこうだ、とかさ」
「ええ、確かにそうだけど―――」
ガーネットは口ごもった。
「スタイナーももうちょっと褒めてやればいいのにな。頑固親父だからなぁ、あのおっさんは」
「あなたも随分と頑固じゃない」
ガーネットはクスクス笑った。
「負けてあげて、やっと踏ん切りがついたの、ジタン?」
愉快そうに笑う妻に顔を覗き込まれ、ジタンはばつが悪そうに顔を背けた。
ガーネットはひとしきり朗らかに笑ってから、笑うのを止め、小さな声で告げた。
「縁談はお断りしました」
ジタンは、何も言わずにガーネットを見た。
「どうする、ジタン?」
「どうって……」
彼の目は、ガーネットの顔から離れて窓の方へ向いた。
「オレが行こうかな」
「もう、真面目に言ってよ!」
その瞬間、ガーネットは不意に抱きすくめられた。
「ジ、ジタン?」
「真面目に、言ってるんだけど」
呟かれた声に、ガーネットは一瞬身を震わせた。
-Fin-
長々とお付き合いいただいてありがとうございましたm(_ _)m
長女エメラルドの恋。戯曲風な雰囲気を目差しました・・・が(^^;)
途中「君の小鳥になりたい」を加えてみたりなど、いろいろやってみました・・・(汗)
え〜、終わり方が微妙に終わりっぽくないですが、このまま弟妹の話に続いてまいります。
そちらも読んでいただければ嬉しいですが、う〜ん。。。お勧めできん(ぉぃ)
あ、それと。途中ジタンとダガーの話が出てきますが(フライヤ談の:笑)、
わたし的設定の小説、できてるんですが愚作すぎて表に出せないので・・・。
ま、いろいろあったんだな、と理解していただけると嬉しいです(ぉぃ)
フライヤは見事におばちゃんになってくれましたね〜(笑)
いまいちジタガネが年取ってない・・・。万年少年少女か?(笑)
2002.9.20
その後フライヤ談の話、アップしました。ご興味のおありの方は「月光」をお読みくださいねv
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