エミーの一日
トット先生からの宿題で、一日のことを作文にしてみなさいと言われました。
特別な一日のことでもいいし、何気ない日常のことを書いてもいいということでした。
なので、わたしはいつもの一日を書いてみようと思います。
まず、わたしとダイアンとサフィーは、毎朝お父さまとお母さまのお部屋へご挨拶に行きます。
ドアを開けると、いつもお母さまはもう起きていらして、「おはよう」と笑います。
お父さまは大概まだ寝ています。
ダイアンとサフィーが、ドアのところから走って思い切りお父さまの上に飛び乗ると、お父さまはカエルのつぶれたような声で「ぐぇ」と言います。
でも、カエルのつぶれた声ってどんな声なのかしら。わたしはまだ、本物は聞いたことがありません。
お父さまは大変朝寝坊なので、普通、それくらいで起きてはくれません。
なので、ダイアンとサフィーは一生懸命、お父さまを揺さぶったり頬を叩いたりして、お父さまが降参するまで続けます。
お母さまはいつも、それを笑って見ています。
そうしている内に、大きな体のクイナ料理長が、朝ご飯ができたと知らせに来てくれます。
ダイアンとサフィーは、「クイナちゃん」と呼んで駆け寄ります。
わたしたちは、みんなクイナ料理長が大好きです。
さっぱり起きてこないお父さまは、結局お母さまに叱られてやっとベッドから這い出してきました。
お父さまは、お母さまだけには敵わないみたいです。
そして、わたしたちは連れ立って食堂へ行きます。
ダイアンとサフィーは、どちらがお父さまに肩車していただくかでいつも喧嘩します。
お父さまは、結局二人ともを肩に乗せて廊下を歩きます。とても力持ちです。
食堂へ向かう途中で、いつもベアトリクスに会います。茶色い巻き毛が素敵な、アレクサンドリアの将軍です。
ベアトリクスは、「おはようございます」とにっこり笑って挨拶してくれます。
お母さまも、にっこり笑って「おはよう、ベアトリクス」とご挨拶します。
わたしたち姉弟も、ちゃんとご挨拶します。お父さまはいつも適当なので、お母さまはちょっと怖いお顔をします。でも、すぐに笑顔になります。
お母さまは、お父さまが何かいたずらをしてもすぐに許してしまうので、お父さまはすっかり甘えていると思います。
食堂に着くと、お母さまはお給仕の侍女たちに笑いかけ、「後はいいわ」とおっしゃいます。
なので、朝ご飯のときは大抵「家族水入らず」です。家族だけで楽しい、という意味だそうです。
こうして、わたしたち家族の朝は過ぎていきます。
朝ご飯が済むと、わたしとダイアンとサフィーは、トット先生のいらっしゃる図書室へ行って、お勉強を教えていただきます。
トット先生は眼鏡のおじいさまで、子供の頃のお母さまの家庭教師もなさっていたのだそうです。
いろいろなことをよくご存知で、でも、お話が少し長いので時々困ります。
わたしたちがお勉強をしている間、お母さまはお仕事をなさいます。
とても難しいお仕事です。毎日難しい書類とか、ご本を真剣なお顔でご覧になっています。
わたしには、何が書いてあるのかまるでわかりません。
たくさんの人たちがお城にやってきて、難しいお顔でお話し合いをすることもあります。
普段はとても優しいお母さまが、そんな時は厳しいお顔をなさいます。
わたしたちはそんなお母さまには近寄ることはできません。
朝ご飯の時間のあと、お父さまはどうなさっているかというと、実はよくわかりません。お父さまのご予定はその日によって違います。
お母さまのお仕事をお手伝いなさっていることもありますし、街へ下っていらっしゃる時もあります。
リンドブルムまでお出かけの時もあります。
お父さまは、お出かけになったまま、しばらくお帰りにならないこともあります。
そんな時はとても寂しいです。
侍女たちの噂では、お父さまがお出かけになると必ず面倒ごとを起こすのに、お母さまはちっとも叱ったりなさらないのだから困ったものなのだそうです。
お父さまがお出かけになっている間、お母さまは少しお元気がありません。
なので、ますますお父さまが早く帰っていらっしゃらないかとわたしは思います。
ご旅行で何日もお帰りにならなかったりすると、わたしは待ちくたびれて、首がキリンのように伸びるのではないかと思うほどです。
お勉強の時間が終わると、お昼ご飯になります。
お昼ご飯を食べ終わると、ダイアンは剣術のお稽古に行きます。
いつも泣きべそなので、お父さまが一緒に連れて行ってくださっています。
何か楽しいことがあると思っているようで、サフィーも一緒について行きます。
わたしは、お母さまと一緒にお庭でお花のお手入れをします。お母さまがお忙しくてお庭に出られない時は、一人でします。
お天気が悪い日などには、図書室で本を読むこともあります。
お城の図書室にはたくさんのご本が並んでいます。わたしにも読むことのできるご本は、ほんの一部だけです。
一番好きなご本は『双子の月』です。王女さまと盗賊のお話です。このご本は表紙の絵がとても綺麗です。
『君の小鳥になりたい』も好きです。お母さまは、このお話が一番好きだとおっしゃっていました。
夕方になると、クイナ料理長が夕ご飯を作ってくれます。
夕ご飯の時間は、嫌いなものがない時はとても楽しい時間です。
嫌いなものがあっても、楽しい時間です。
お父さまはお作法を間違えて、時々お母さまに注意されます。
と言っても、言葉で注意されるわけではありません。お母さまは素敵な黒い瞳でそっと目配せして知らせます。
だから、誰も気付きません。わたしだけが気付いていることなのです。
でも、誰にも言いません。お母さまがお父さまに目配せされる瞬間が、わたしはとても好きなのです。
夕ご飯が終わった後は、お母さまたちのお部屋で編み物をすることもあれば、お部屋でご本を読むこともあります。
今日のようにトット先生が宿題を出された時には、宿題をします。
お母さまはお仕事がなければいつもお部屋にいらっしゃいますが、お父さまはご飯を食べたばかりだというのに、街の酒場というところでまた何かを食べていらっしゃることがあります。
そんなにたくさん召し上がって、お腹を壊したりしないのかと心配です。
時々お酒を飲みすぎて、お母さまに叱られることもあります。
お父さまはお母さまに叱られている時、嬉しそうな顔をしてらっしゃるので、お母さまに叱られたくていつもいたずらをするのではないかと思うくらいです。
そうして、夜が来たらわたしたちは眠ります。
わたしとサフィーは同じお部屋で眠ります。
ダイアンは、最近やっと一人で眠ることができるようになりました。
お父さまとお母さまは同じお部屋でお休みになります。とても仲良しです。
そして、また朝が来ます。
-Fin-
特に何も事件の起こらない、仲良しジタガネ一家の一日でした(笑)
洞察力の鋭い長女エミーは、両親の力関係もちゃんと分かっていらっしゃるのです。エライ。
トット先生も、提出された作文を読んで、苦笑されたことでしょう(笑)
なんとなく書いてみた何気ないお話でしたが、
意外とそういうのも面白いかなぁ〜、と思ってUPしてみました。
ちなみに、ダイアンとサフィーは宿題に何を書いたのでしょうね? 気になるところです・・・(笑)
2005.5.15
|