<12>
次の朝。
サファイアは自分のベッドの上で目を覚ました。
朝の光が随分と眩しくて、久しぶりによく眠ったせいか気分がいくらか良かった。
寝台を降り、窓へ歩み寄った。
庭では、既に彼女の姉が恋人となにやら話しこんでいた。
――――いいな。
幸せそうなエメラルドの微笑が、サファイアには嬉しいと同時に羨ましかった。
庭の向こうでは、目を覚ましたての街が久方振りに彼女を呼んでいた。
――――出かけようかな。
サファイアは一人で肯くと、窓を離れた。
腰に短剣を差した姿で、彼女は一人でよく町へ繰り出した。
危ないから、と止めるベアトリクスの目を盗んで城を忍び出るのはなかなか骨が折れたが、その分楽しくもあった。
裏通りの奥の方、彼女がよく行く一人暮らしの老女の家がある。
家の前の庭で細々と糸を紡いだり、織物をしたりするその姿を、サファイアは飽きもせずに眺めていた。
「お嬢ちゃんや」
ふと、声をかけられた。
「なぁに?」
「最近はここいらも物騒になってきたからね、気をつけるんだよ」
「そう? 変わったようにも見えないけど……」
サファイアは言いよどんだ。
「戦が始まって、昔のようにゴロツキみたいな輩が多くなったのさ。あんたみたいな若い女の子は気をつけるに越したことはないからねぇ」
「―――うん」
サファイアはそう返事した。
まだ暗くなる前にと、老女はサファイアを追い立てた。
―――つまんないな。
サファイアは幾分がっかりして、街の中心へと向かって歩き始めた。
突然。
後ろからがっちりと手首を掴まれる。
思わず小さな悲鳴を上げて振り向くと。
「な―――! もう、脅かさないでよ!」
……ジェフリーだった。
「こんなところで何してるんだ?」
「あんたには関係ないでしょ!」
通りかかった三人組の男が二人を冷やかして通り過ぎた。
「危ないだろ。一人でこんなところ歩いてたら」
「平気よ。あたしは一人で歩けるもの」
「何でそんなに意地張るんだよ」
「放っといてよ、あたしは一人で歩かなきゃいけないの!」
「―――?」
ジェフリーは首を傾げた。
「どういう意味だ、それ」
「何でもいいでしょ!」
手を振り解いて逃げようとしたが、いくらもがいても離してもらえない。
サファイアは涙目になった。
「もう、離してよ!」
「離さない」
「なんでよ!」
ジェフリーは溜め息をついた。
「お前が意地張るからだよ。言っただろ? 人は一人で生きていけないから、支え合って―――」
「あたしは一人で生きるの!」
ついに青い瞳からボロボロ涙が零れ始め、ジェフリーは一瞬ぎくりとした。
「だって、誰かを好きになって、その人と一緒に生きることになったら、その人、あたしの血を背負わなきゃならないじゃない! あたしそんなの嫌だもの。好きな人だったら、尚更そんな重い思いさせたくない! 生まれなければよかったあたしみたいなの、背負わせたくないもの!」
悲鳴のように言って、再び手を離させようともがいた。
「―――それで、一人で生きるなんて言うのか?」
腕が自由になって。
でも、次には体が拘束された。
「ちょ―――っ!」
強く抱き締められたまま、まったく身動きが取れなくなった。
「あれ、嘘なんだろ? からかったっていうの。リアナから聞いたけど」
「嘘じゃない!」
「―――あのなぁ。あれは人をからかうような状況じゃなかっただろ? お前がそういう嘘つくから、逆に本当だったってわかったんだぜ」
「離してよ!」
サファイアは必死に抵抗を試みたが無駄だった。
「……俺が背負ってやるよ」
耳元で不意にそう囁かれて、サファイアはぴたっと固まった。
「お前の血ごと、お前を全部背負ってやる。だから一人で生きるなんて悲しいこと言うな」
「……嫌よ、いらない!」
「いらなくてもそうする」
「同情しないでよ!」
「同情じゃない。本気で言ってるんだ」
サファイアは胸が詰まってそれ以上何も言えなくなった。
「……一緒に歩こうぜ、サフィー」
思い切り泣き出したい衝動に打ち勝てなくなって、サファイアは何も言わず、ただ心に従った。
ぎゅっと抱き締められた腕が暖かくて、もう、何もかもどうでもよかった。
テラの血も、召喚士の血も、何も、かも。
***
泣き濡れた瞳の光は、相変わらず強かった。
でも、彼女は彼の手を掴んで、決して離そうとしなかった。
それは、助けを求めるような仕草だった。
「あたし、お礼なんて言わないから」
「いいよ、言わなくて」
「あんたが勝手にするんだから、あたしは責任取れないわよ」
「いいよ、取らなくて」
「あたし、可愛くないわよ?」
「―――知ってる」
ジェフリーはニッと笑った。
「生憎、可愛くない女には慣れてるからさ」
「どういうこと?」
「いやさ、タンタラスの女ってのは、みんな強くて男じゃ太刀打ちできないんだよ」
と、ジェフリーは多少戯けた響きを込めて言った。
「……ねぇ、ジェフリー」
サファイアはそう呼んでから、緊張したように手に力を込めた。
「―――って、呼んでいい?」
「何を今さら」
彼は肩を窄めた。
「……本当に、いいの?」
「呼び方のこと?」
「そうじゃなくて!」
ぷっと膨らませた頬に夕日が映える。
「あたしのこと、その―――背負ってくれるって言ったこと」
「いいよ」
「重いよ」
「ダイエットしろよな」
「もう!」
サファイアは拳を振り上げた。
「ウソウソ、冗談だってば!」
ジェフリーは空いている手でその拳を受け止めた。
「いいよ、守ってやる」
「―――うん」
「お前こそいいのかよ、俺なんかに背負われて」
サファイアは赤くなって、しばらくどうしようか迷っていた。
「ふ〜ん、嫌なのか?」
「い、嫌じゃないわ!」
と言ってしまってから、サファイアはもっと赤くなって俯いた。
「―――あなたが好きだから」
思わずドキリとして、ジェフリーはまじまじとサファイアを見つめた。
「……またからかってんの?」
「ち、違うわよ!」
サファイアは赤らめた顔を上げて必死に否定した。
「―――あれは、その。だって、仕方ないじゃない……」
口ごもって泣き出しそうになった姫君を、ジェフリーはもう一度抱き締めた。
「ウソ、冗談」
「そればっかり!」
「だってさ、なんか照れくさいんだもん」
「そんなの、あたしの方が恥ずかしいわよ!」
サファイアはジェフリーから離れると、ぷんぷん怒った顔をした。
「あたし、あなたに支えられたまま生きるのは嫌だから」
「へ?」
「当たり前でしょ! あたしは一人でも歩けるの」
ジェフリーが怪訝な表情を浮かべたので、サファイアはクスクスと笑った。
「でもね」
笑うのを止め、サファイアは目を伏せた。
「支えて欲しいときには、支えて欲しいし、あなたが誰か支えを必要とするなら―――」
青い目は、真っ直ぐ彼を見つめた。
「その時は、あたしがあなたを支えたいの」
小さな声で囁くと、くるりと振り向いて走り出した。
「―――え? あ、ちょ、ちょっと!」
ジェフリーが慌てて後を追い掛けたが、サファイアの足の速さは尋常ではなかった。
やっとアレクサンドリア広場の船着き場までたどり着いたときは、彼女は既に舟に乗って城へ向かっていた。
舟の上で立ち上がり、サファイアはジェフリーに向かって大きく手を振って、口元に手をやると大声で叫んだ。
「今度リンドブルムに遊びに行くから―――!」
「何―――?」
聞こえているのにわざと聞くジェフリーに、サファイアは腰に手を当てて怒ったような顔をし、ぷいっとそっぽを向いた。
困った顔で立ち竦んでいるジェフリーをもう一度振り向くと、彼女は麗らかに笑った。
舟影が城の方へ消えていくのを見つめながら、ジェフリーはじっと立っていた。
「―――待ってる」
呟いた声は風にさらわれ、かの姫君には届かなかったが。
彼の心の呟きは、確かに伝わったように思われた―――。
-Fin-
というわけで、「その恋」シリーズ最終話。長いっつの(苦笑)
次女サファイアの恋。ちょっと現代風な恋を目差してみたけど・・・やっぱり爆(^^;)
そこ、勝手にチューするな(笑) 別にしなくてよかったぢゃん(^^;)
え〜・・・サフィーはジタンによく似ているはずだったんですが、
書いてみたらミコト叔母さんに似てるね、君(笑)
テラの血を引いているということに一番恐れを感じたのがこの子でした。
その上召喚士だもんな〜。悩むよ、そら(そうか?)
で、ですね。このあと、サフィーはタンタラスに入ります(何!?)
その辺りのいきさつも設定的にはあるんですが・・・。そのうちアップするかも(^^;)
そういえば、ダイアン以外セカンドネーム書かなかったっすね〜(今更)
一応決まってるんですよ♪ エミーは「サラ」、サフィーは「キャザ」です。
ま、だからどうした、ですけど(笑)一応一応。
ということで! 本当に長かった〜(−−;)
FF9二世小説、「その恋」シリーズお付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m
2002.9.20
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