<3>
翌日、彼らは出発した。
飛空艇で飛ぶこと数時間。忘れられた大陸が見えてくる。
ダゲレオ付近に三国協同の討伐隊が野営しており、空から見る限りではジタンの姿はやはりない。
その日は結局、手がかりも見つからなかった。
「で、なんであんたがついてくるのよ!」
サファイアはイライラした口調で言う。
それもそのはず、なぜかジェフリーが一緒に来たのだ。
「知ってるか、イプセンの話でさ。ある時―――」
「知ってるわよ。コリンでしょ? でも、あたしとあんたは無関係。って言うか、来ないで欲しいわ。一緒にいたくないもの」
「ひでぇの。一応モンスターの巣窟に行くんだから、腕の立つ戦士が一人二人……」
「あたしは一人で充分戦えるもの」
「―――そういうところまで似てんのな、オジキに」
サファイアはむっとした顔をして、船室を出ていってしまった。
「あ、おい!」
やり取りを聞いていたブランクは、可笑しそうに笑った。
「あのお姫さんは扱い難しいだろ、ジェフリー。たっぷり甘やかされてるからな」
父親の含み笑いに、ジェフリーは気まずそうな顔をしてやはり船室を出ていった。
「―――まったく。余計なことになりそうだぜ」
ブランクは独りごちた。
「なぁ、サフィー」
「あっち行って」
「―――なんでそんなに嫌がるんだ? オジキと似てること」
サファイアは甲板から空を見たまま黙り込んで、決して口を開きそうもなかった。
「なんかワケがあるのか?」
何も言わない。
「だって、可愛がってもらってるんだろ? だったら―――」
「嫌いなの、しょうがないでしょ!」
と言うと、彼女は自分の髪を―――かなり短く切ってあり、アレクサンドリアでは男の子よりも短いその髪に、彼女のばあやは心を痛めていた―――……父親によく似た金色の髪の毛を鷲掴みにし、引っ張った。
「この髪も、瞳も、シッポも、全部嫌い。あたしなんて大ッ嫌い」
呆気にとられ、ジェフリーは言葉が出ない。
「こんな姿に生まれたの、全部お父さまのせいだもの。だから、嫌い」
「そんな……なんで―――」
「誰もいないんだもの」
「―――え?」
「他に、誰も。こんな髪の色の人も、こんな目の色の人も、シッポが生えた人も、他に、どこにもいない。あたしだけがこんな格好で、すごくイヤ。お姉さまみたいに、お母さまに似ればよかったのにな―――」
「でも……」
ジェフリーは困った顔をしながら、それでもこう言った。
「俺は、好きだけど。髪の色も、目も、シッポもさ」
「あたしは嫌い」
「サフィー―――」
「あたしは、嫌い」
サファイアはイライラした顔で念を押す。
ジェフリーはますます困った表情を浮かべながら、呟いた。
「綺麗なのに」
その瞬間、サファイアはムカッとして振り向いた。
「綺麗なんて言って欲しくないわ! あたしはテラの血を引いてるのよ! この星を滅ぼしたかも知れない血なの! 綺麗なわけないじゃない、そんな人種が! なんで生き残っちゃったのよ、ジェノムなんていなくなればよか―――っ」
パシン!
サファイアは右頬を押さえた。
「そんなこと言うなよ。みんな必死に生きてるんだ」
冷静な口調だったが、ジェフリーの目は怒っていた。
びっくりしたサファイアは一気に涙目になり、彼を突き飛ばして自分の船室へ走っていってしまった。
取り残されたジェフリーは、愕然とした表情になった。
「―――――やべぇ」
彼は、彼女の頬を叩いてしまった手を、ぎゅっと握り締めた。
***
次の日も、空からジタンの捜索は続いた。
広い大陸を縦横に走り抜ける飛空艇から、サファイアは身を乗り出すようにして父の姿を探した。
「―――あの、サフィー」
ジェフリーが話し掛けた。
しかし、彼女は返事もしなかった。
「昨日は、ごめん。叩いたりして」
それでも、返事はない。
「悪かったと思ってる。反省してるよ。だから―――」
が、サファイアは完全に無視したまま。
―――かなり怒らせてしまったらしい。
「あのさ、その、ホントに、ごめん」
もう一度謝ってみたけれど、結局反応はなかった。
がっくりして操舵室へ戻ったジェフリーに、ブランクが舵を取ったまま話し掛けた。
「お前さ、何したんだ?」
「……ひっぱたいちゃった」
「―――お前なぁ」
「だって、否定したりするから―――ジェノムのこと」
ジェフリーはそこで、数瞬黙り込んだ。
父親は答えなかった。
「……自分のことさ、嫌いだって言うんだ」
「あんくらいの年の子はそうだろ」
「でも、すごい憎らしげに言うんだよ、嫌いだって、何度も。ジェノムなんていなくなればよかったのに、って」
「それで殴っちまったのか」
ジェフリーはこくりと頷いた。
「お前も、もう少し考えろよ」
「へ?」
「あの子がどんな気持ちでそう言うのか、ってな。殴るより、包んで暖めて、守ってやるのが男だろ」
「―――はい?」
ジェフリーは目を丸くして父親を見た。
「なに、そのキザな台詞……」
「アホ」
ブランクはぐいっと舵を切った。
「十七にもなって、未だに女の扱いもわからないのか、お前は」
ジェフリーは顔を赤くして、そっぽを向いた。
「―――んなもん、わかるかよ」
父親は黙ったまま、微笑んだだけだった。
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