<5>



 次の日、彼らはようやく目的の人物を発見した。
 しかし、その状況はかなりの修羅場だった。
 探し人はモンスターに囲まれ、絶体絶命の大ピンチに見舞われていた。
 ―――傍目には。
 最初に発見したサファイアが鋭い悲鳴を上げ、他の二人にそれを知らせた。
「飛空艇を降ろすぞ」
 ブランクは即座に着陸態勢を取る。
 しかし、まだかなり高度のあるところで、サファイアは甲板から地面へ飛び降りた。
「サフィー!」
 ジェフリーが手を伸ばしたけれど、もう届かない。
 身の軽い彼女のこと、もちろん、着地は成功するが。
「お父さま!」
 駆け寄ってきた娘の姿に、ジタンは度肝を抜かれた。
 モンスターが一斉に、彼女の方に気を向ける。
 ―――危ない!
 頭の上に振りかぶった鋭い爪が、ぎらりと光ってサファイアは動けなくなった。
 腰に差したダガーに、手を伸ばすこともできない。
 ぎゅっと目を閉じた瞬間、腕が伸び、彼女を抱き締める。
 軽い衝撃があって、次には沈黙。
 次には―――――。


 サファイアは目を開けた。
 恐ろしくて、声も出ない。
 彼女を庇うように回された腕が解ける。
 重みに耐えかね、崩れるように座り込んだ。


  ―――嘘。
  嘘よ。
  お父さま?
  お父さま……!
  いや……
  いや―――――っ!


 その瞬間だった。
 両手で顔を覆ったサファイアを中心として、物凄い光が沸き起こった。
 そして、光の中から動物のような影が浮かぶ。
 ……それは、角を生やした白馬のような姿の。
 ――――ユニコーンという名の、召喚獣だった。


***


「……もう大丈夫そうだぜ」
 扉の前で蹲ったまま動かない少女に、ジェフリーは声を掛けた。
「お前、召喚士なんだな」
「知らない」
 小さなくぐもった声で、彼女は答えた。
 ジェフリーは屈み込み、金髪頭を撫でた。
「恐かっただろ」
 サファイアは顔を埋めたまま、小さく頷く。
「もう、大丈夫だよ」
 もう一度頷くと、今度は小刻みに肩を震わせ出した。
 今さらになって、また恐怖が蘇ってきたのだ。


 現れたユニコーンの聖なる光が、取り巻いていたモンスターを全て消滅させ。
 光が収まったときには、もうそこには影も形もなかった。
 呆然とした表情のサファイアに駆け寄り、ジェフリーは肩を揺すって目を覚まさせようとしたが、無理だった。
「あ〜ぁ、派手にやられたな、こりゃ」
 ジタンの様子を窺っていたブランクが呟いた。
「とりあえず船に運ぶか。ジェフリー」
「うん」
 しかし。
 立ち上がろうとしたジェフリーの服の裾を、サファイアが握り締めた。
「どうした、サフィー」
「……って」
「え?」
 青ざめた表情で、彼女は立ち上がった。
「待って。あたしが―――」
 父親の側に跪くと、彼女は白魔法の呪文を唱えた。




 ―――恐かった。
 地面に穴が空いて、暗黒の世界に墜ちたような感覚がして。
 もう二度と戻れない光の世界が、百万光年彼方のように思えた。
 恐怖以外、彼女の頭には何もなくて、他には何も考えられなくて……。
 誰かを失うかもしれないと思うことが、これほどまでに恐いとは思わなかった。

 ……その恐怖は、引き潮のように引いてはいったが、まだそこに在った。
 強烈なまでに。


 ジェフリーは、震えの止まらない肩を抱き締めた。
「もう、大丈夫だから」
 そう囁く。
 サファイアは頷いたが、それでもまだ、震えていた。


***


 白魔法と、持ち前の驚異的な回復力のお陰で、ジタンはすぐに目を覚ました。
 が、彼はとても腹を立てていた。
「―――なんで連れて来るんだよ」
 ベッドの傍に座っていたブランクに憤った声で非難を浴びせる。
「何かあったらどうするんだよ」
「悪かった。―――あんまり頑固に行くって言い張るから、つい、な」
 ジタンは溜め息をついた。
「……で、あいつ、召喚魔法使ったのか」
「ああ、間違いない。あれは召喚獣だった」
「そっか―――」
 ジタンは目を閉じた。
 ―――矛盾だった。
 テラの血を継いで欲しくないと思う自分がいて。
 しかし、召喚士の血を継ぐことも、また不幸な気がする。
 でも、子供たちはどちらの血も継いでしまったのだ―――。
 当たり前だ。
 自分と、彼女の子供なのだから。
「……ブランク」
「なんだ?」
「サフィー、呼んでくれるか」
 ブランクは頷いた。
「わかった」


 扉が開いて、ジェフリーは顔を上げた。
 部屋の中から、彼の父親が顔を出した。
「サフィー。ジタンが呼んでる」
 彼女は首を振った。
「おいで」
「イヤ」
 頑なに首を振る。
「いいから、おいで」
 サファイアは首を振りながら、ジェフリーの腕をぎゅっと握った。
「……親父」
「あ―――知らねぇぜ。お前が行かなかったら、あいつ自分で歩いて来るぞ」
 途端に、サファイアは顔を上げる。
「来るか?」
 彼女は頷いた。


 サファイアがそっと部屋に入ると、彼女の父親はもうベッドに起き上がっていて、何事もなかったようににっこりと笑いかけた。
 傍らまで行くと、サファイアは父親に縋って泣き出した。
「ごめんなさい、お父さま!」
「サフィー、いいんだよ、泣かなくて」
「ごめんなさい―――!」
 縋り付いて泣く娘の頭を、ジタンは愛おしそうに撫でた。
「心配かけて悪かったな、サフィー」
 彼女は泣きながら首を振った。
「ほら、もう大丈夫だから。そんなに泣かなくていいんだよ」
 それでも、しばらくはすすり泣く声が止まなかった。
 ようやく涙に濡れた顔を上げ、サファイアは父親の顔を見た。
 彼はにっこり笑った。
「お前が無事でよかったよ。もし怪我なんてさせたら、母さんに怒られちゃうからな。……あれで母さんは、怒ると恐いから」
 戯けて言うと、片目を瞑る。サファイアは少しだけ微笑んだ。
「……召喚獣、召喚したんだって? ブランクから聞いた」
 サファイアは肯いた。
「お父さま、あたし、召喚士だったの?」
「いや―――知らなかったよ。お前はオレに似たから、てっきり―――」
 ジタンは口を閉じて、考えに耽った。
 やがて、
「まぁ、不思議はないよな。ダガーの娘なんだし。あんまりオレに似てるから、誰も気付かなかったんだろ」
 と、笑った。
 しかし、サファイアはいつものようには怒らなかった。
 ―――父親に似ていると言われても、以後二度と腹を立てなかった。





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