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「―――なんだって?」
「だから。もう一度調べてみたいんだよ。ウイユヴェール」
 次の日の朝。
 飛空艇の食堂で朝食をとっている二組の父子の父親の方が、二人でなにやら騒いでいた。
「思ったんだけど。最近モンスターが増えてるのって、テラと何か関係がるんじゃないかな、ってさ」
「だって、テラは消滅したんじゃなかったのか?」
「でも、クリスタルはまだ残ってるし―――」
「だいたいなぁ、一人で勝手に戦列離れて行方不明になったら、まわりが迷惑だろうが!  姫さんだって心配するし……」
 その場にいた「姫さん」がふと顔を上げる。
「いやいや、お前のお袋さんのこと」
「あ、そうよ、お父さま。お母さますごく心配してたんだから」
 ジタンはぺろっと舌を出して、
「ま、大丈夫だって」
 と言ってニッと笑う。
「いい加減やめろよ。その確証のない『大丈夫』っての」
 と、ブランク。
「はいはい。ま、ともかくさ、調べてみたいわけ。だからお前ら先に帰っていいよ」
「―――いや。なら、俺も行く」
「はい?」
 ブランクが神妙な面もちで「ついていく」発言をしたので、ジタンはびっくりしてフォークを取り落としそうになった。
「なんで?」
「お前一人だと無茶するからな。俺も行く」
「いいよ」
 と、ジタンは迷惑そうな顔をした。
「ルビィが心配するぜ?」
「いや―――。……たぶん、『せいせとした』とか言いそうだな」
 ブランクはげんなりした顔で言う。
「あ、言いそう」
 と、これは彼の息子。
「お袋さ、この間『なんで毎日亭主の顔見て仕事せなあかんわけ? いい加減飽きるわ』って言ってたもん」
 ジタンがゲラゲラ笑いだした。
「言いそ〜!」
「笑い事じゃねぇよ。こっちだって毎日女房の顔見て仕事するんだから、飽きるってんだよ」
「それ、直に言ったら張り倒されるぜ、親父」
「バーカ、言うかよ」
「―――告げ口しちゃお」
 というわけで、ジェフリーは父親から小遣いをせしめることに成功したのであった。


 朝食後、飛空艇をウイユヴェールに着け、ジタンとブランクは装備を整えて出発した。
 サファイアは最後まで自分も行きたいとせがんだが、
「お前はアレクサンドリアに帰りなさい。母さんが心配してるぞ。オレも無事だって伝えてくれよな」
 と、父親に説得され、ようやく諦めた。
 ジェフリーも行くと言ったのだが、
「ジェフリー。お前、サフィーをアレクサンドリアまでちゃんと無事に届けられるな?」
 と、こちらも父親に念を押され、彼は自分の役割を悟った。
「帰れるよ。無事に届ける」
 彼は力強く肯いた。



 ―――夜。
 暗い中ではまだ上手く飛空艇を操れないジェフリーは、この大陸でもう一晩泊まっていくことにして、まだ日が高かったうちから海沿いの一角に飛空艇を止めていた。
 サファイアは言葉少なに夕食を終えると、自分の部屋へと帰っていった。
 静かだった。
 夜の暗い空には、双子の月が今日も寄り添っていた。
 『紅と、蒼の月。
  運命のもと、出会った二人の申し子たち―――』
 あれは、タンタラスの創設者で前のボスのバクーが書いた、『双子の月』という戯曲の一説だった。
 ―――紅と、蒼の月、か。
 ジェフリーは部屋の窓から、飽きもせず月を眺めていた。


 『双子の月』は十年ほど前に新しく出来た戯曲で、今までにも何度か上演されている。
 エイヴォン卿の戯曲なんかによくある、いわゆる「身分違いの恋」が主題。
 話の流れはこうだ。


 幻の召喚獣が眠る国の姫君。
 そして、その姫君に恋をした、一人の盗賊の物語。
 召喚獣を狙って、隣の国の悪王とその手下が、かの国を狙う。
 姫君の母親である女王は、彼女に逃げろと言う。
 召喚獣を守る使命を背負った王族。その枷から娘を解き放つ女王。
 しかし、魔の手は女王に伸び、彼女は娘を案じたまま死んでしまう。
 姫君は失意のうち、身も心も傷つき打ちのめされる。
 そんなとき彼女を支えてくれくれるのが、彼女が城から逃げるときに手助けしてくれた盗賊なのだ。
 盗賊は、姫君の美しさに惹かれた。でも、それは身分違いの恋だった。
 彼は、女王に即位する姫君から離れていった。
 そんな折り、封印されていた召喚獣が目を覚ます。
 姫君が知らずに禁断の呪文を唱えたのだ。
 召喚獣に破壊されていく城や街。
 ―――自分のせいだ。
 姫君はひどく傷つき、病に陥ってしまう。
 八方手を尽くしたが、彼女の病は良くなるどころか悪くなるばかり。
 そんなとき、盗賊が現れ、彼女の手を握り締める。
 すると、姫君の病は嘘のように良くなってしまったというのだ。
 盗賊は言う。
 ―――離れたりして悪かった。ずっと側にいるから。
 しかし、運命は二人に味方しなかった。
 盗賊が、実は隣の国の悪王の息子だったことがわかったのだ。
 彼は自分の出自を知らなかった。子供の頃、王の手下によってさらわれ、この国に捨てられていたのだから、知る由もない。
 心を塞がれた盗賊は、単身隣の国へ乗り込んでいった。
 それを聞いて、姫君もまた彼の後を追った。
 悪王の狙いは世界征服。しかし、盗賊はそれを許せなかった。
 ―――決着をつける。
 盗賊は、たった一人悪王に立ち向かった。しかし、叶う相手ではなかった。
 悪王は息子の帰りを喜び、自分の後継となるようにと呪術士を呼んで精神を操ろうとする。
 もうだめかと思われたとき、姫君が到着し、彼の名を呼ぶのだ。
 再び奇跡が起こり、彼は意識を取り戻す。
 聖なる光が起こり、悪王は滅びた。
 こうして、世界は平和に包まれた―――。







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