I Want to Be Your Canary...


<1>



 右手でペンをクルクル回しながら、ブランクはふぅ、と息をついた。
 父親のその小さなため息を聞き付け、ジェフリーは顔を上げた。
「どうした、親父?」
「ん? いやな、『君の小鳥になりたい』の配役のことで、ちっと困ったと思ってな」
「どれ?」
 ジェフリーは手入れしていた短剣と手入れ道具を仕舞うと、テーブルの上のメモを覗き込んだ。
 メモには、役柄とキャストの名前が、ところどころ二重線で訂正されたりしながら並んでいた。
「この戯曲も、うちで演じるのは二十年振りくらいだからなぁ……昔はこればっかり演ってたもんだ」
「げ〜、また俺、脇かよぉ〜」
「ヘタクソだからな、お前は。主役は任せられん」
 先月まで公演していた「ピーター・パン」で、彼は主役を任ぜられたものの、とんでもない失敗を数回やらかした。
 そのことに関しては、滅多に反省などしないジェフリーもしばらく落ち込んでいたものだった。
 とは言え、舞台はかなりの盛況だった。
 が、調子に乗りやすい息子を案じて、両親はそのことを彼に告げなかった。
「で、どこを悩んでるんだ、親父」
 しばらくメモの上を行ったり来たりしていた褐色の瞳を上げ、ジェフリーは首を傾げた。
「それがな、ジタンが演ってた役なんだ、問題は」
「ジタンのオジキが演ってたって……もしかして―――」
「おう、お前も察しがよくなってきたな、ジェフリー。公演まであと三ヶ月あるし―――どうだ、練習してみないか?」
「げげ、やなこった!」
「お前以外、あの役をこなせる奴もいないだろう。な?」
 と、ブランクは常にないほどにっこり微笑んで見せた。
「絶対やだ!」
「何が嫌なの?」
 突然居間に下りてきたのは、最近団員になったばかりのサファイア。
 目下、ジェフリーが夢中になっているお相手である。
 ついでに言えば、彼女は正統なアレクサンドリア王家の血筋だった。
「え? あ、いやさ。親父がムリなことさせようとするからさぁ」
「無理なこと?」
 と、サファイアは思わずブランクの手元を覗き込む。
「あら、おじさま。それ、新しい舞台の配役?」
「あぁ、まぁな。ほら、サフィーの姉さんの結婚祝いに呼ばれてるやつだよ」
 ブランクが説明すると、サファイアは、そうだったと肯いた。

 サファイアの姉エメラルドは、自分の結婚祝いに劇場艇を呼んでくれると言う母に、『君の小鳥になりたい』をリクエストしたいと言った。
 その望みは、母から父を経由してタンタラスに伝えられていた。

「それで、ジェフリーは何の役を演じるの?」
「今のところ、昔俺が演ってた役だけどな―――別の役を交渉中」
「『君の小鳥になりたい』って、お父さまも出ていた舞台でしょう? お父さまはどんな役をなさってたの?」
 サファイアは純真そうな青い瞳を輝かせて尋ねた。
「あいつが演ってたのは、ちょっと特殊な役でな。普通の人間には出来ない役なんだよ」
「そうそう、バク宙出来ないと演れないんだよな〜」
 と、ジェフリーが肩をすくめた。
「タンタラスであれだけのバク宙こなせるのは、後にも先にもジタンだけだからなぁ……あいつがいない時はバンスが代わりに出てたけど、見せ場のシーンなのに、いつも飛ばしてたんだよな、チャンバラ」
 困ったもんだと、ブランクは頭を振った。
 前のボスのバクーが『君の小鳥になりたい』を演出した際、「せっかくおめぇらはそれだけ身軽なんだ、これっくらいのことはして見せろ」と、チャンバラのシーンにばっちりバク宙を組み込んだ。
 確かにジタンはくるくるとよく回ったが、別に得意なわけでもないブランクはいい迷惑を被ったのだ。
 しかも、ジタンがタンタラスを抜けてしまった後、そのシーンは半永久的に封印されていた。
「仕方ない、今回も飛ばすかなぁ……」
「ねぇ、ジェフリーはバク宙っていうの、出来ないの?」
 と、サフィー。
「出来ると言えば出来るけど、オジキみたいには出来ないよ。普通出来ないもんなんだって」
「ふ〜ん。それで、バク宙ってどういうの?」
 首を傾げた可愛い恋人に、ジェフリーはその場で見せてやった。
 と言っても、父親同様あまり得意でない彼は、床に軽く手を付いた。
「っと。これで手を付かなければバク宙さ」
「ふぅん。それなら、あたし出来るけど」
 ……。
 何っ!?
「嘘だろ、サフィー。女の子に出来るもんじゃないぜ?」
「あ、バカにしたでしょ、今!」
 途端に怒り出すサファイア。
「いいわよ、今見せてあげるんだから!」
「待て、頭から落ちたら危な……」
 ブランクが止める間もなく、サファイアは軽々と、見事に空中で一回転して見せた。
 親子が一瞬固まったのは、回転した瞬間、スカートがめくれてパンツが見えたからではなく。
「……すげぇな、マジで」
「やれやれ。どこまで似てるんだろうな、ジタンに」
 唖然とする二人を前に、手を腰に当て、サファイアは至極得意げな笑みを浮かべた。
 悪戯そうなその顔は、確かに父親によく似ていた……。



***



 結局、昔ジタンが演じた役はサファイアが演じることになった。
 その他の役も、かなり上手いこと振り分けられた。
 と言うのも、二十五年前親が演じた役を、再び子が演じることになったのだ。
 ルビィが演じたコーネリア姫は、娘のリアナ。
 マーカスが演じた役を、息子のハリー。
 シナが演じた役も、息子のラリが演じる。
 ブランクが演じた役は、もちろんジェフリー。
 それぞれ役名もそのまま親の名を使うことになった。
 が。



 ―――それからが大変だった。



 誰よりも張り切って準備を始めたのはルビィで、「あの頃みんなが着とった服、そっくりそのまま再現しよ!」と言い出したのである。
 こうなると一歩も引かないタンタラスのおかみさんは結局髪型にまでうるさくこだわり出し、自分より些か赤味の強い娘の髪を脱色するとまで言い出したときには、さすがにブランクが「いい加減にしろ」と止めた。
 しかし、サファイアは衣装合わせの段階で、既にルビィをかなり満足させていた。
「ホンマ、よう似とるわ〜、あんた」
「そう?」
 と、自分の衣装をキョロキョロ物珍しげに眺めるサファイア。
「お父さま、昔からこんな格好してたの?」
「そうやで」
「……お父さま、やっぱり変な人」