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自分が出るとなったら、途端に戯曲に興味が湧いた。
サファイアは物置部屋に潜り込み、古い台本を読み漁ることが多くなった。
「お姉さまがハマってたの、わかるな〜」
と独りごちつつ、ずらりと並んだ古びた背表紙を指で追っていった。
ふと。
「……『君の小鳥になりたい』」
指は、一冊の台本の上で止まった。
随分古い台本だった。
棚から出して表紙を確認すると、
「―――1802年? お父さまとお母さまもまだ結婚してないような頃だわ」
表紙には、『君の小鳥になりたい 1802年 アレクサンドリア公演』と書かれていた。
もしかしたら、父親も出演していたのではないか。
彼女はそう思って、表紙を開いた。
しかし、予想に反して出演者の欄に彼女の父の名はなかった。
「なんだぁ……お父さまってばホントに役者だったのかしら」
パラパラとページを繰ってゆけば、今練習しているシーンだらけ。
サファイアは楽しくなって、一ページずつじっくり読み込んでいった。
二十四年前。
一体どんな舞台だったのだろう?
―――不意に、サファイアの目は追っていた台詞から外れ、あるページの書き込みの上に止まった。
たった一行、手書きで台詞が書き換えられている。
「……お父さまの字だわ」
彼女は呟いた。
彼女の知る父の字より幾分幼くはあったが、紛れようもなかった。
会わせてくれ、愛しのダガーに―――!
彼女は数瞬の間、走り書きのようなその文字をじっと見つめていた。
「愛しの……ダガーに?」
時計台の時計が時を告げる間、サファイアは小さな窓からぼんやり外を眺めていた。
1802年。
『君の小鳥になりたい』。
出演者一覧にない父の名。
父の字。
「会わせてくれ、愛しのダガーに」……
彼女はそれらの項目に共通する何かを考えあぐねていた。
そして、鐘が鳴り終わった瞬間、彼女の頭の中でそれらは一つに繋がった。
彼女は思い切りよく立ち上がった。
「そうだわ! そうだった!」
1802年。
それは、帰らぬ父を待ち続けた母が、夢にまで見た再会を果たした年。
実を言えば、彼女は両親の詳しい事情を知らなかった。
両親があまり自分たちの話をしたがらなかったせいだ。
彼女が知っているのは、1800年にあった大きな戦いで父と母は出会い、そして別れ別れになってしまったこと。
しかし、1802年のタンタラス公演で二人は再会した。
―――その話は、姉のエメラルドから聞いた。
姉は、両親ともをよく知るブルメシアのフライヤ小母から聞いたのだ。
「つまり、お父さまは舞台の上で叫んだんだわ。会わせてくれ……」
愛しの、ダガーに。
サファイアはとてつもなく「いいこと」を思いつき、思わず物置部屋を飛び出した。
次の瞬間、頬を高潮させ目を輝かせたサファイアに、ハリーが捕まった。
「ハリー! ねぇ、お願いがあるの!」
「何っスか? サフィーさん」
と、嫌な予感を覚えつつ、ハリー。
「あのね、マーカスの独白のシーン、あるでしょ?」
「ああ、今度の舞台っスか?」
「そう! あそこのシーン、あたしにやらせて!」
「……はい?」
「お願い、どうしてもあたしにやらせて欲しいの!」
「な、何言い出すんっスか、サフィーさん」
「お願い! 一生のお願い!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっス」
もはや誰にもその勢いは止められない。
「どうしたの?」
と、リアナが通りかかり、間に割って入った。
「それが、サフィーさんが変なこと言い出して……」
「これを見て!」
サファイアは古ぼけた台本を二人に示した。
リアナは、一目見て目を丸くした。
「これって……昔、父さんたちが演ったときの台本じゃない?」
「そう! それで、ここ……」
と、サファイアの指は問題のシーンを差す。
「ん? ダガーって……確か」
「サフィーさんのお母さんのことっスよね……?」
「うん、そうなの!」
それから、彼女は二人に彼女の考えを全て話した。
きっと、父は舞台の上で母との再会を果たしたのだと。
「……むちゃくちゃっスね」
「わかってないなぁ、ハリー! すごい、素敵じゃないサフィーったら!」
と、リアナは喜んでサファイアの肩を叩いた。
「よく見つけたわね!」
「うん!」
「ロマンチック〜! ジタンおじさんも隅に置けないんだから〜!」
「でしょ〜〜っ?」
キャピキャピ喜ぶ二人組を尻目に、ハリーは頭を抱えた。
「やっぱり、ホントにやる気なんっスか、サフィーさん」
「うん!」
「あぁぁぁ、俺、おかみさんに叱られるっス」
「大丈夫だって、ハリー。おばさまにはあたしがうまく言い訳するから!」
「何? 何する気なの?」
「んとね……」
二世タンタラスたちにその計画が行き渡るのに、半日も掛からなかった。
「しっかしよぉ、よかったな、ハリーが声変わりしてなくて」
「……してるっス」
「サフィー口真似上手いから、きっと何とかバレずに出来るずら」
「……絶対バレるっスよ〜」
「ハリー、腹くくりなさいよぉ! こんな楽しいことないじゃない」
「そうだぜ。怒られる時はどうせみんなで怒られるんだしさ」
「だよね〜」
「うわぁぁ、嫌っス〜!」
―――よほど怖い目にあったことでもあるのか、ハリーよ。
「でも、ジタンのオジキもクセぇことするな〜」
「二年も恋人と離れ離れになっちゃったのよ? それくらいするわよ」
と、彼の姉。
「あんただってそれくらいするんでしょう、たぶん」
「う……否定できん」
サファイアがジェフリーの頭をパシッと叩き、ジェフリーは「イテ」と頭を押さえた。
「またのろけずら〜」
「恥ずかしいからやめてよね」
「……はい」
「で!」
と、リアナは机を叩いた。
「とにかく、この瞬間までマーカスがサフィーだとバレないように舞台を続けなきゃならないわけ」
「「「うんうん」」」
と一同。
「問題は、見た目と声だと思うずら」
「見た目はさ、マントでも頭っから引っかぶればわかんねぇだろ」
とジェフリーが提案する。
「そうっスね、ちょうど出航のシーンだから、不審にも思われないっス」
「なるほど……それじゃ、見た目はそれでいいとして」
「問題は台詞の方っスね」
「ジタンのオジキ、めちゃくちゃ勘がいいからな〜」
「ちょっと似てる、くらいじゃ、お父さまにはバレちゃうかも……」
それじゃ意味ない、と、彼らは頭を抱えた。
「袖でハリーがアテレコするか?」
「え、あたし口パク……?」
「あんたはまたムリなことを〜」
今度はリアナがジェフリーの頭を叩く。
「いてぇな!」
「やっぱり、練習あるのみだと思うずら」
「ハリー、初っ端から高い声で喋れよ」
「無理言わないで欲しいっス……」
「―――あたし、声潰そうかな」
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