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 結局、やっと我を取り戻したブランクが、大騒ぎの客席に、ここで休憩を入れると伝え―――実際はこのまま最後のシーンを演じることになっていたのだが、断念せざるを得なかった―――観客たちは城の迎賓室で軽食を取りながら、話に花を咲かせていた。
 その隙にロイヤルシートへやってきたサファイアは、瞳をキラキラさせながら、父の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、お父さま。びっくりした?」
 びっくりしたどころではないジタンは、娘の頭に手を載せ、ため息をついた。
「あんまり驚かせるなよ、サフィー。父さんもいつまでも若くないんだから」
 が、言葉とは裏腹に、父はいつまでも若そうだった。
 サファイアはにっと笑い、
「でも、バッチリだったでしょ?」
 と、今度は笑いすぎて目に涙が滲む母の顔を覗き込む。
「ええ、『バッチリ』だったわ、サフィー。おかしくて笑いが止まらないわ!」
「……ダガー」
 ジタンは半目になって妻を見たが、彼女は一番上の娘と肩を寄せ合って笑っていた。



 休憩が終わり、観客が席へ戻ると、今度は元からの団員による『双子の月』の最終幕が始まった。
 この幕もアレクサンドリアでは長く人気のある幕で、十年ほど前の初公演の日からずっと主役を演じてきたバンスとルシェラの代表作だった。


 とは言え、世代交代の波は着実に訪れていた。


 バンスもルシェラも結婚し、子を持ち、幸せな家庭を築いていた。
 もう少年少女の夢物語を紡ぐにはそろそろ無理があったのだ。
 そしてそれは、かつてその物語を現実に紡いだ人々にも同じことだった。


 それ故、この年の『君の小鳥になりたい』は、随分後に人々の語り草となったのだ。
 人々は、こう振り返った。


 ―――命が、受け継がれた年だった、と。



***



 数日後、アレクサンドリアのガーネット女王の元に、彼女の末娘から手紙が届いた。
『ねぇ、お母さま。結局ブランクおじさまは怒らなかったわ、どうしてかよくわからないけど。
 だって、お芝居をぶち壊しちゃったのにね、あたしたち。
 おじさまは、全員合格だと言っていました。今後も、タンタラス団としてお芝居をしていいって。
 それで、あたしたちは春から新しいお芝居を練習することになっています。
 あたしも、今度は女の子の役なんですって。
 どうしよう、ちゃんとできるかしら。
 お母さまにも、ぜひ見ていただきたいです。
 それから、お姉さまとお兄さまと……一応、お父さまにもね』
 一応、と付け加えられた父親は、予想に反して小さく笑った。
「へ〜。あいつら大目玉だと思ったのに、意外」
「ブランクのこと?」
「そそ」
 ジタンは窓に向かって一度背伸びし、月を見上げた。
「絶対怒ると思った。結構そういうとこ完璧主義だしさ、あいつ」
「きっと、特別だからよ」
 ガーネットは呟いた。
「え?」
 ジタンが顔だけ振り向き、ガーネットは微笑んだ。
「特別だから。あなたが帰ってきた日だもの」
 彼女は椅子から立ち上がると、ジタンに歩み寄り、そっとその背に凭れた。
「嬉しかったのよ、とても」
 もう取り戻せないと思った。
 この世にたった一人の、あなたを。
 わたしは、運命を憎んだけれど、それでも、全てを憎みはしなかった。
 あなたとの思い出だけは、絶対に憎めなかったから。
 国を失い、母を失い、声を失いもした。
 でも、何を失おうとも、あなたを失うのだけは怖かった。
 この世にたった一人、わたしの全てを受け止めてくれる人―――。
「ダガー」
 彼女は一言も言わなかったが、彼には全てが聞こえた。
「わたしだけじゃなくて、みんな嬉しかったのよ。あなたが帰ってきてくれて」
「―――なら、帰ってきてよかったな」
 ジタンは黒い闇を見つめたまま、ぶっきら棒に言う。
 ガーネットはジタンの背に身体を預けたまま、笑った。
 彼が照れたときには、いつも口調が無愛想になる。
 彼女は知っていた。





-Fin-



ということで! 長きに渡る連載も、これで最終回ですm(_ _)m
2世タンタラスのみんなに、『君の小鳥になりたい』を演じてもらいました〜(パチパチ)
ブランク座長が言うには、「ヘボい」らしいです(笑)
ジタンが言うには、剣の使い方がまだまだらしい(笑)

とは言え、サフィーにあのEDの名シーンを
演じさせたのはどうだったのかと、今更になって不安に。。(爆)
でも、そっくりなんです、父娘(^^;)
だから許して・・・v(何)
私的には、2世が『君の小鳥になりたい』を親と同じように
そのまま演じるのはおもしろいと思うのですが、
他に何も事件が起こっていないので、申し訳ないです(^^;)
エミーなんて結婚したのに、全然出てきてくれないしね(あはは・・・)
最後だけすんごいジタガネになったのは私の気分です(笑)
2003.9.6