〜Final Fantasy \ Reiterate〜




第一章<1>



 ガーネット・ダガー・アレクサンドロスは見上げていた。
 城のホール、階段の壁に掲げられている先代女王とその夫―――つまりは、彼女の祖父母に当たる―――の肖像画。
 長い黒髪に白い肌、優しい鈍色の瞳。
 自分の名は、祖母の名から付けられたのだそうだ。


 1850年1月。
 国交が断絶して十年以上が経ったリンドブルムと、この古王国アレクサンドリアは和議の方向にあるらしい。
 リンドブルム。貴族制からの脱却を求む民衆と、貴族側とが対立している国。
 ―――自由の国。
 でも、今のままでは決して人々は幸せではないとある人は言っていた。
 そう。たった一度だけ、父や兄の葬儀で会ったことがあるエーコおばさまという人が。
 ……母と同じ、額に角の生えた人だった。
「ガーネット様」
 ベアトリクスが呼んでいる。
 王国の若き女将軍で、ガーネットの父方の従姉に当たる。
 何かと心配してくれたり、世話を焼いたりしてくれる彼女を、ガーネットは本当の姉のように慕っていた。
「ガーネット様、またここにいらしたのですか? 間もなくお時間ですよ」
 そう、今日はガーネット王女十六歳の誕生日。
 リンドブルムから劇場艇が来るのだ。
 ―――リンドブルムから。
「女王陛下がお呼びでしたわ」
「ええ、もう参ります」
 階段を昇りかけ、もう一度肖像画を見上げる。
 おじいさま、おばあさま。
 ―――わたしに、勇気をください!


 この計画は、かなり前から彼女の心にあった。
 まさに、リンドブルムから劇団が来ると聞いたその時から。
 彼女の嵐のような状況を理解し、力を貸してくれるだろう唯一の人、「エーコおばさま」に会うために、リンドブルムへ行く。
 母が変わってしまったのは五年ほど前、彼女の父や兄や、叔父が戦地で亡くなってしまった頃からだったのだろう。
 今では、あんなに優しかった母は心を病んでしまったように冷たかった。
 ―――どうにかしなければ。
 ガーネットはどうしても、元のように優しい母に戻って欲しかった。


 芝居が始まっても、上の空。
 さっき、スタイナーが訝しそうな目でわたしを見たわ。
 悟られないように気をつけなければ。
 どうしてか、他のことにはさっぱりな従兄も彼女のことには鋭かったのだ。
 ほんの隙を窺って、ロイヤルボックスを抜け出す。
 自分の部屋に走り、飾りの付いた長い裾のドレスを脱ぎ捨てて―――こんな振る舞いを見たら、彼女の乳母は卒倒したことだろう―――動きやすいスラックスに履き替える。
 そして。
 命の次に大切な宝珠を首から掛けた。
 ―――おばあさまも、同じものをしていらっしゃった。
 そう思うだけで、暖かい気持ちになれる。
 顔を見られないように、上から白いローブを纏って頭まですっぽり包むと。
 ガーネットは部屋を飛び出した。
 今まで城の中を走ったことなどなかったけれど。
 本当は、足が速いのだ。
 奥の間を抜け、扉を開け。
 階段へと曲がろうと廊下を走っていた時。
 どんっ、と人にぶつかってしまった。
 ―――プルート隊!
 ガーネットは俯いた。
 どうしよう。プルート隊はスタイナーの指揮下にあるから。
 わたしだと知れたら連れ戻されてしまうわ!
「あ、あの……ごめんなさい」
「―――いや、こちらこそ」

 ……その、瞬間。
 何事かが彼女の上に起きた。
 ガーネットは、ぱっと顔を上げた。
 あるいは、それは奇跡のようなものかも知れない。
 ―――なぜなら、彼女は実際に祖父に会ったことはなかったのだから。
 そう、ぶつかってしまった相手は金色の髪にブルーの瞳。
 あの肖像画の、彼女の祖父にそっくりだったのだ。
「あ、あなた! プルート隊の方ではないわね?」
「え? あ、いや、その……」
 明らかに慌てる少年を見て、ガーネットは口元に笑みを浮かべた。
「わたし、叫んで助けを呼ぼうかしら」
「ちょ、ちょっと待った!」
 ぐっと腕を掴まれて、ガーネットは反射的に悲鳴を上げかけ。
 瞬間、パッと口を塞がれた。
 しかし、来るべき抵抗がないので、彼の方が驚いて手を離した。
「いきなり何をするの!?」
「ご、ごめん」
「何かわたしに用事があるのですね?」
「そう、そうなんだ! だから……えっと、ここじゃまずいから、ちょっとこっちへ!」
 今度は手首ではなく、手を掴まれて走り出す。
 ああ、でも! こんなところで捕まるわけにはいかないの!
「ごめんなさい。わたし、のんびりしている時間はないんです!」
 と、手を振り解いて、ガーネットは別の方向へ走り出した。
「あ、待った!」
 と追いかけてくるけれど、足の速さなら自信がある。
 ―――が。
 あちらも尋常でない足の速さ。悲しいかな男女の差、追いつかれそうになる。
 もちろん、城の中なら彼女の方が有利なのでそう簡単には捕まらないものの、次第に追い詰められて塔へ登りつめてしまった。
 仕方ない。この手は一番使いたくなかったけれど。
 どちらにせよ、劇場艇にこっそり忍び込むには屋根から登らなければならないのだし、変わらないわ。
「ちょっと待て、ガーネット姫!」
 と、追いついた金髪男の目の前で。
 彼女は、劇場艇から城へ向かって張られていた旗のロープに捕まって、闇夜へダイビングした……のだった。





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