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 黒魔道士の村は、『フクロウも住まぬほど』奥深いところにあった。
 村では、ビビのようなとんがり帽子の人種と、金髪にシッポの人種が共同生活を送っていた。

 ふと、ジタンは嫌な胸騒ぎを覚えた。
 金色の髪、青い目、シッポ……。

「ミコト!」
 ビビが走り寄ったのは初老の―――金髪に尻尾の女性だった。
「あのね、この人たちに荷物を持ってもらっちゃったんだ」
 ビビはいたずらをした子供のように首をすくめて告白した。
「ボク、一人じゃ持ちきれなくて」
「そうでしょうね。あなたはもっと計画性を身に着けるべきだわ」
 ミコトと呼ばれた女性は、静かにそう言った。冷たいセリフに反して、青い目は優しげに微笑んでいる。
 彼女は顔を上げ、ジタンたちを見た。
 否、ジタンを見た。
「ミコトに用事があるんだって」
「そう、ありがとう」
 彼女は真っ直ぐに彼らに向かって歩いてきた。
「遠いところをご苦労様。こんな所で立ち話もなんだから、どうぞこちらへ」



 ガーネットがエーコ老公女から預かった手紙を渡すと、ミコトはざっと読んで、また封筒にしまい直した。表情からは、何が書かれているのか読み取れなかった。
「それで、エメラルド女王はどんな様子なの? 詳しく聞かせてくれるかしら」
 ミコトは表情を変えず、ガーネットに尋ねた。
「はい」
 彼女は、父や兄たちが戦死し、母の様子が変わったことを詳しく話した。話しながら、黒い瞳に涙が滲み出し、やがて口が利けなくなると彼女は押し黙った。「お母さまを助けたいんです」と、最後に一言付け加えて。
「そう」
 ミコトの表情は全く変わらなかった。
「そう、ってなんだよ!」
 ジタンが思わず立ち上がると、冷たい青い目が彼に向けられた。
「ダガーはダガーの母さんを助けるために、すごい決心をしてリンドブルムへ来たんだ。エーコが何もできないとか言うから、だからこうしてここまで……」
「静かにしてくれる、ジタン」
 ミコトは立ち上がり、窓の外を見た。
 ジタンは両の拳を握り締めて彼女を睨んだ。
「あなたたちが苦労してここまで来たのはわかっているわ。でも―――」
「あんたまで何もできないなんて言うんじゃないだろうな?」
「いいえ。私になら、いろいろとできると思うわ」
「だったら―――!」
「でも、私は何もしたくないわ」
 ミコトは小さく呟いた。
 再び噛み付こうとしたジタンを、サラマンダーが止めた。
「何か訳があるんだろう」
 その言葉に、ミコトは静かに振り向いた。
「そうよ……訳がね」
 しばらくの静寂の後、部屋の扉がおもむろに開いた。
「お茶を持ってきたよ」
 さっきのビビ少年が、人数分のお茶をお盆に載せて危なっかしげに歩いてきた。
「ありがとう。あなたはここに座って、私の話を聞いていて」
「うん、わかった」
 ビビは小さなスツールに腰をかけると、純真な瞳でミコトを見上げた。
「ジタン、あなたはこの村に来て、何を感じた? 何かを感じたはずよね。確かあなたは『マヌケ』ではないはずでしょうから」
 虚をつかれて、ジタンはストンとソファーに座った。
「どういう……意味だ?」
「ここには、あなたと同じようなシッポを持った人がうようよいるわ。そんな人は、あなたの『故郷』にはあなたとお母さんしかいなかったわね」
「わたしはもう一人知ってるわ」
 ふと、ガーネットが口を挟んだ。
「おじいさまよ」
 ミコトはガーネットに、さっきビビにしたように微笑んだ。
「そうね。私が知る限り、あなたたち霧の大陸の住人がシッポの生えた人を見るとしたら、その三人しかいなかったはずだわ」
「あんた、何が言いたいんだよ」
「私が何を言いたいか、その先を知りたいなら」
 ミコトはビビを見た。
「この子と同じ覚悟が必要ね」
「ボク?」
 ビビは立ち上がった。
「あなたは、あなたのご先祖様のお話をできるわね」
「うん」
 彼は頷いた。
「ボクのずっとずっと前の、黒魔道士のご先祖様は霧から作られた『人形』だったんだよね。悪い人に利用されて、たくさんの人を戦争に巻き込んだ。でも、『人形』にキモチが生まれて、だからボクはここにいるんだ」
 ミコトはジタンを見た。
 ビビもジタンを見た。
 しかし、ジタンは目を伏せた。
 頭の中を渦巻く靄の中に見えてきた、暗闇。それはまるで形を持っているかのように、固く冷たく存在していた。


 そう。本当は、ずっと知っていたんだ。
 母の目が日増しに悲しみを増す訳。
 ガーネットに感じた共通点。


 本当は、ずっとそこに在ったのだ。ただじっと、この時を待って。


「あなたにはその覚悟ができる、ジタン?」
 ミコトが問いかけたが、返事はなかった。ガーネットが不安そうにジタンを見る。
 その目を見て、不意に、ジタンの胸に強い感情が湧いた。
 ここで逃げたら、きっとダメなんだ。
「……オレも、『人形』なのか?」
 ジタンは意を決して訊いた。
「ジェノムという人種は『人形』ではなく、『器』と呼ばれたわ。ただ―――」
 ―――『あなたたちの』おじいさんは、と、彼女は言った。
「あなたたちのおじいさんは、生まれた時から魂を持っていた。感情を持って生まれたの。だから、厳密には『器』とは別の存在だったわ」





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