*前回までのあらすじ*

 「神前の儀」を受け、ジタン・ガーネット・エーコ・ビビは一路エーコ老公女の故郷、マダイン・サリへ。
 しかし、モンスターの襲撃により、ガーネットを庇ったジタンは負傷してしまう。
 自らの出生の秘密を知ったジタンは、自分の存在に畏怖を感じていた。
 そのことを知ったガーネットは、ジタンを「守る」と約束し、ジタンの心を取り戻させた。




第六章<1>



「あ、ジタン!」
 顔を洗っていたエーコが、テントから出てきたジタンに気づいて駆け寄った。
「もう大丈夫なの?」
「ああ、この通り」
 ジタンはニッと笑うと軽くジャンプして、すっかり完治したことを示して見せた。
「良かった〜。もう、エーコすっごく心配したんだからね!」
 小さな拳を振りたてて訴えるエーコに、「悪かったって」と笑うジタン。それを見ていたガーネットは、ビビがふと呟いたのに振り向いた。
「元気になったんだね、ジタン」
「え?」
 煮立ち始めていたスープを掻き混ぜながら、ガーネットはビビの顔を覗き込んだ。
「昨日は元気がなかったから」
 ミコトの話を聞いた後から、ジタンはずっと元気がなかった。いつも通り振舞おうと無理をしているのは明白で、彼が笑えば笑うほど、笑おうとすればするほど、ガーネットは不安で泣き出しそうだった。
 でも、それをまだ出会ったばかりのこの少年も感じていたということなのだろうか?
「ボクも、ボクのご先祖様が造られた存在だったことを知った時は、やっぱりショックだったんだ」
 ビビは焚き火の火を小さくしながらポツリと言った。
「でも、ご先祖様がとても勇敢だったことに気付いた時、ボクはとっても誇らしい気持ちになれたんだ。弱い心になることは簡単だけど、強い心になることは、本当はとても難しいことだから」
 金色の瞳が、向こうの方でじゃれ合っているジタンとエーコを見つめていた。
 その優しい色は、なぜかガーネットに郷愁を覚えさせた。
 ずっとずっと昔、そんな風に彼らを見つめていた人を、彼女は知っている気がした。
「ビビは強いのね」
「そんなことないよ」
 急に恥ずかしがって帽子のつばを掴んで深く被ろうとしたが、それは上手くいかないようだった。
 空には小鳥がさえずり、野原の真ん中でジタンとエーコは朗らかな笑い声を上げていた。
 今日も、いい天気になりそうだ。
「ボクが……」
 空を見上げていたガーネットに、不意にビビはごく小声で言った。



ボクが強い心になろうと思えたのは、

ジタンの―――うんん、ジタンとダガーおねえちゃんの

おじいさんのおかげなんだよ




***



「ここが……」
 ガーネットはぐるりと村を見渡した。

 マダイン・サリが祖母の故郷であることは、母の話で知っていた。
 夜寝る前、母はよく枕元で祖父や祖母、その友人たちの話をしてくれた。
「おばあさまは、本当はアレクサンドリア王家の血筋ではないのよ」
 そう聞いた時、幼かったガーネットは俄かには理解できなかった。
「どうして女王になったの?」
 兄が尋ね、その時母は少しだけ悲しそうな顔をした。
「運命がそう巡り合わせたから……神様がそうお決めになったんだとお母さまは思うわ」
 祖母が嵐に襲われたこの村から舟で脱出し、アレクサンドリアに流れ着いたことを母は語った。
 アレクサンドリアの姫君の身代わりになり、角を失ったこと。
 戦いに巻き込まれ、先々代の女王であった曾祖母が亡くなったこと。
 最愛の人が行方不明になったこと。
 それでも、どんな時も希望を捨てず、強く生きていたこと。
 ガーネットは、いつしか祖母に憧れを寄せるようになっていた。彼女のような人間になりたいと思ったのだ。


「ようこそクポ。話は聞いているクポ」
 モーグリたちが出迎えてくれた。
「召喚壁を見たいなら、案内するクポ」
「ありがとう!」
 エーコはモーグリが気に入ったらしく、ビビを引っ張って走っていった。
「ここにはモーグリしかいないのか?」
 ジタンが尋ねると、傍にいたモーグリが「今は我々だけが住んでいますクポ」と答えた。
「古の昔から、我々モーグリはこの村と召喚壁を守ることを使命として生きてきたのです」
「ふぅん」
 ジタンは頭の後ろに腕を組んで、あまり興味もなさそうに相槌を打った。
「この村は、ずっと昔に天変地異があって、村人たちは病で一人また一人と死んでいったのです。最後に残ったのがエーコでした」
「ああ、オバハン?」
 ジタンが合いの手を入れると、ガーネットが「ジタン!」と口を塞ごうとした。
「この村を出て行った時は、まだ六歳の幼子でしたクポ」
 モーグリは幾分呆れた声でそう付け加えた。
「あれが召喚壁ですクポ。本当なら外の人間には見せないものですが、エーコの頼みとあれば、反対する者はないでしょう」
 円形に張り巡らされた石の壁だった。ここも半分崩れ掛けてはいたが、どうにか無事そこに立っていた
 エーコとビビは既に中にいて、壁をじっと見上げて黙り込んでいた。
「どうだ?」
 ジタンが傍へ行くと、エーコは指差して「フェニックスよ」と示した。
「何か書いてあるな」
 ジタンは少し背伸びして、字面を眺めた。風雨に晒されたそれは掠れかけていたが、ジタンには読むことができた。
「『エーコよ』」
「え?!」
 他の絵に移ろうとしていたエーコは、くるりと振り向いた。
「あたし?」
「いや……たぶんお前のばあさん宛てだな」


エーコよ、愛しき子よ

新たな召喚獣がおまえのものとなるまで、
16歳になり、召喚魔法を自在に
操れるようになるまで、村に残るのです

その後、共に生きる仲間をみつけなさい

おまえが、生きて、幸せになることを
はるかな地から、願っています



「これは、エーコのおばあさんのお父さんとお母さんが書いたものだと思うよ」
 ビビがそう言った。
「ミコトから聞いたことがあるんだ。ここには召喚士たちの言葉がたくさん刻まれているんだって」
「あ……」
 他の絵を見ていたガーネットが小さく声を上げたので、三人は顔を見合わせてから、慌てて駆けつけた。

 それは、イフリートの絵の傍だった。



嵐の中
私は生き延びたが
おまえたちは無事だろうか

目をとじれば
いつもおまえたちの笑顔が浮かぶ

目をひらけば
おまえたちの幻想が見える

原因不明の傷があり
おまえたちの帰りを
長くは待っていられないようだ

ふだん無愛想だった自分を
悔やむよ

だからここに記そう
いつかおまえたちが見られるように

けんかもした
態度にもあまりあらわさなかった
だが確かに私はおまえを愛していた
我が最愛の妻、ジェーンへ

おまえがうまれてから
過ごしたすべての日々が幸せだった
そのことを伝えたかった
我が愛しの娘、セーラへ




「これは、ダガーおねえちゃんのおばあさんの本当のお父さんが、亡くなる前にここに刻んだメッセージだったって聞いたことがあるよ」
 ビビが静かな声でそう言った。
「セーラっていうのは、おばあさんの本当の名前だったって」
「ダガー」
 ジタンは、ぽろぽろと涙を零すガーネットの頭を抱き寄せた。
 嵐の中、生き別れになった家族の果ては無惨だったことをガーネットは知っていた。彼女の曾祖母は、結局、曽祖父の最後の言葉を見ることはできなかった。
「どうして幸せだった人たちがこんな目に合わなければならなかったのか、わたしにはわからないわ」
 祖母の生い立ちを話す時、いつも母が少し悲しげだったのはこのせいだったのだとガーネットは思った。本当なら、祖母はこの村で両親に囲まれ、慎ましくも幸せな人生を送ったはずだったのだ。

 ―――でも、もしそうだったとしたら。

 ガーネットはふとジタンを見上げた。彼は、真面目な顔をして召喚壁に刻まれた文字を凝視していた。
「本当に天変地異とか、そういうもんだったのか?」
 ジタンは誰に尋ねるでもなく、そう呟いた。
「そうじゃないわ」
 ふと強い声で返事を返したのは、どうしてかエーコだった。
「この村を襲ったのは、ガーランドって人よ」
「襲った……?」
「テラの管理者だったジェノムだって、おばあちゃまは言ってたわ」
「エーコ、知ってるの?」
 ガーネットはまだ涙に濡れたままの目を丸くして、彼女の顔を覗き込んだ。
「……うん」
 エーコは小さく頷いた。
「それは、本当のことだよ」
 ビビがおずおずと口を添えた。
「ガーランドは、クジャやジタンやミコトを造り出したジェノムだよ。ガイアをテラに取り込もうとしたんだ」
 はっとしたのはジタンだった。
「それじゃ、そいつが……」

 オレを、ガイアの死神に陥れた張本人ってわけか?

 ジタンの反応に慌てたビビは、
「ボク、ホントはあんまり話したくないんだけど……」
 と、困ったように口篭った。
「いいから、知ってること話してくれよ」
 促され、ようやくビビは話し始めた。


 彼に受け継がれた、あの記憶たちを。





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