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「私はずるいのよ」
 ミコトが呟いたので、暖炉の前でチョコボの子供の羽根を梳いていた黒魔道士は顔を上げた。
「その役目を、あの子に任せたの」
「役目?」
「斧を、振り下ろす役目よ」
「斧?」
 黒魔道士は全く理解できないらしく、復唱ばかり続けた。
「でも、みんな辛いんだから仕方ないわ」
 ミコトは説明する気はないらしく、窓の外の月を見上げていた。
 赤い色が、憎々しいまでに光を注いでいた。まるで、彼女を誘うかのように。
「サフィーはジタンに本当のことを言えなかったから、その役目は私が担うことにしたの」
 黒魔道士は黙って聞いていた。
「エーコがするって言ったけど―――でも、あんな話を聞かされるなら、知らない人からの方がいいのよ」
「そうなの?」
 金色の瞳が不思議そうに彼女を見つめた。
「ボクは、ミコトから聞いてよかったよ」
 きょとんとした顔をしている黒魔道士の子を、ミコトもまじまじと見つめた。
「知らない人から聞くなんて、ボクはイヤだな」
「本当?」
「だって、知らない人の言うことなんて信じられないもの」
 今度こそミコトは黙り込んでしまった。
 何かまずいことを言ったのかもしれないと、黒魔道士は首を竦めた。


「そう……」
 ずっと後になってから、ミコトは小さく呟いた。
 でも、あの子は私を知らないわけではないのよ。魂は記憶をクリスタルに返したとしても、刻まれた時間を忘れてしまうわけではないのだから。
 頭を振ると、ミコトは毛布を引き寄せて黒魔道士の子にそっと掛けてやった。
 チョコボの首を抱いたまま、彼はぐっすりと眠り込んでいた。



***



「エーコには秘密があるの」
 焚き火に照らされた幼いはずの横顔は年齢よりずっと大人びて見えて、ガーネットの胸にはどうしてか切なさが込み上げた。
「秘密って?」
 小さな両手をそっと握ると、エーコははっとして顔を上げ、そのまましばらく鈍色の双眸を見つめていた。
 やがて、元のように崩れかけた家々へ目を移し、エーコは小さく呟いた。
「エーコは、本当はおばあちゃまとは血が繋がってないの」
 突然の告白に、ガーネットは僅かに目を瞠った。
「……どういうこと?」
 一瞬エーコは黙り込んだ。まるで何かを決心するかのように、一度だけ瞬きする。
「エーコの本当のお母さんは、おばあちゃまのお屋敷で働いていた女中さんだったんだって。エーコを産んですぐ、病気で死んじゃったの」
 ガーネットは驚いた。エーコの手を握る力を強め、同情を表す。
「エーコは、お父さんの顔もお母さんの顔も知らないけど、二人はとても愛し合っていたって、おばあちゃまは話してくれたのだわ」
「そう……それならよかったけど……」
 そのまま、二人の間に沈黙が流れた。
 話し疲れたのか、ビビはもう眠っていた。ジタンは宿代わりの家を出て行ったまま、帰ってこなかった。ビビの話について、一人で考えたいことがありそうだった。
 みんな心に闇を抱えているのだと、ガーネットは思った。みんな楽しそうに笑っていても、本当は哀しい背景を負っているのだと。
「あたしのお父さんの名前は」
 ふとエーコが再び口を開き、ガーネットはもう一度彼女に目線を戻した。
「お父さんの名前はね、ダイアン・フェイル・アレクサンドロスというの」
「……え?」
 薪がパチンと跳ね、今度はガーネットが沈黙する番だった。
「お母さんは、お父さんと結婚しないうちにあたしを身籠ったから、アレクサンドリアを出ておばあちゃまのお屋敷に移ったんだって。エーコが生まれないうちに、お父さんは戦争で死んじゃったの」
「エーコが……叔父さまの?」
 ガーネットの声は震えていた。


 彼女は覚えていた。背が高くて、優しくて、暖かな手のダイアン叔父。彼女には他にも父方の伯父が何人かいたが、母の弟だったダイアンは、ガーネットのことをそれはそれは可愛がってくれ、ガーネットも叔父にはとても懐いていた。
 ダイアンのはしばみ色の瞳はいつも朗らかに笑んでいて、武人らしく、少し骨ばった大きな手で頭を撫でられるのが、ガーネットは大好きだった。
 父が帰ってこないのも、兄が帰ってこないのも、ガーネットは悲しくて寂しくてたまらなかったけれど。
 叔父が帰ってこないことは、ガーネットにとって拠り所を失ったも同然だった。


「エーコは、ダイアン叔父さまの娘なの?」
「そうよ」
 エーコは頷いた。
「エーコとダガーは、だから従姉妹同士なのよ」
 小さな手が、今度はガーネットの手を握り締めた。
「従姉に会えることがわかって、エーコはすごく嬉しかったの。時々、この世に一人ぼっちみたいな気持ちになったけど、アレクサンドリアにはエーコの従姉がいるんだって、そう思ったら頑張れたから」
「エーコ……」
 緑色の瞳は焚き火のオレンジ色に照らされて、きらきらと不思議な紋様を描いていた。
「だから、ダガーも一人ぼっちじゃないよ。何があっても、エーコはダガーとジタンの味方なんだからね。忘れないで」
「ありがとう、エーコ」
 ガーネットはエーコを抱き締めた。
 きっとこの先、どんなに辛いことがあっても乗り越えられるような気がした。
 優しかった叔父は、思い出だけでなく、小さな命も残してくれたのだ。


「それで、エーコはジタンのことも知ってたの?」
 しばらくしてガーネットが尋ねると、エーコは首を横に振った。
「まさか、ジタンまで従兄だったなんて思わなかったわ」
 肩を竦めてエーコは笑った。
「ねぇ、ダガーはジタンのことが好きなの?」
「えっ?」
 突然の問いに、ガーネットは飛び上がりそうになった。
「き、急に何よ」
「前から聞こうと思ってたんだよね〜」
 えへへ、とエーコは笑った。
「忘れないで、エーコはダガーの味方だからね」
 可愛らしくウィンクして見せた小さな従妹に、ガーネットは頬を赤らめたまま呆気に取られていた。





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