<3>
辺境の地マダイン・サリの村で聞くはずのない耳慣れた声に呼ばれ、ジタンは驚いて振り向いた。
「フライヤ!」
彼女の隣には、コンデヤ・パタで待機していたはずのサラマンダーと、盛んに鼻を鳴らしているクッタもいた。
「ようやっと会えたな、ジタン」
彼女は微笑もうとして、ふと翡翠色の瞳を細めた。旧知の少年の青い目の中に、僅かな変化を見て取ったためだった。
しかし、彼女はそのことについて何も言わずにおいた。
「探しにきたのか、オレたちのこと?」
「そうじゃ。おぬしたちがエーコ公女の邸宅に忘れ物をして行ったからな」
ほれ、と顎で指した先には、銀色に鈍く光る大きなブリキ人形。
「げげっ……あんなもん連れてくるなよ」
「ジタン、貴様!」
くるりと振り向いたブリキが突進してくるのをかわすため、ジタンは高台に上った。
「待てっておっさん。忘れてたのは謝るって」
「〜〜〜〜っ! しかし今は貴様などに構っている暇はない! 姫さまはどこだ」
「あの辺にいると思うけど」
ジタンが指差したのは、崩れた瓦礫に群れ咲いた花の辺りだった。ガーネットはエーコとビビと一緒に、その花について朗らかに談笑していた。
「姫さまから目を離すとは……ああ、しかし! 今はそのようなことも言っている暇はないのだ!」
ガシャガシャと、隊長は走っていってしまった。
「なんだ、ありゃ?」
「一大事があったのじゃ」
「一大事?」
「アレクサンドリアがリンドブルムに攻め込んだらしい」
横からサラマンダーが口を挟んだ。
「……え?」
ジタンは目を見開いた。
「ど、どういうことだよ!」
「リンドブルムがガーネット姫を攫ったと思い込んで、エメラルド女王が軍隊を引き連れて攻めて来たのじゃ」
「そんな……」
母さんたちは? と訊こうとして、ジタンは言葉を飲み込んだ。
そんなことを訊いている場合ではない気がした。そんな、自分のことばっかり―――
「おぬしの両親は無事じゃ」
ジタンの思考を読んだように、フライヤは言った。
「エーコ公女のところにおる。我々もおぬしらを追ってすぐこちらへ来る予定だったのじゃが、飛空艇が欠航になってしもうての。公女から小型の飛空艇をお借りしたのじゃ」
すぐに引き返す手筈は付けてあると、彼女は付け加えた。
「ガーネット姫は取り急ぎ連れて行かねばなるまい。そうせねば話が収まらんからな。おぬしはここに残るか?」
「……いや」
ジタンは低い声で小さく返答した。
「オレも、行く」
スタイナーから事の次第を聞いたガーネットの顔は、一瞬で蒼褪めた。
最も恐れていたことが起こったのだ。
咄嗟に、ガーネットはジタンを見た。ジタンも彼女を見つめていた。
―――オレたちの運命は一つだ、と。
青い目はまるでそう言っているようだった。
一番、大切な記憶。
それは、あなたと共に刻んだ一つ一つの記憶たち。
今から考えれば
あなたはいつも、頼りないわたしにその暖かい大きな手を
差し伸べてくれていたのね。
あの日、あなたは行ってしまったけれど
わたしの名前、思いっ切り呼んでくれるって
まだ信じていていいよね?
ジタン―――
-第六章終わり-
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