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 辺境の地マダイン・サリの村で聞くはずのない耳慣れた声に呼ばれ、ジタンは驚いて振り向いた。
「フライヤ!」
 彼女の隣には、コンデヤ・パタで待機していたはずのサラマンダーと、盛んに鼻を鳴らしているクッタもいた。
「ようやっと会えたな、ジタン」
 彼女は微笑もうとして、ふと翡翠色の瞳を細めた。旧知の少年の青い目の中に、僅かな変化を見て取ったためだった。
 しかし、彼女はそのことについて何も言わずにおいた。
「探しにきたのか、オレたちのこと?」
「そうじゃ。おぬしたちがエーコ公女の邸宅に忘れ物をして行ったからな」
 ほれ、と顎で指した先には、銀色に鈍く光る大きなブリキ人形。
「げげっ……あんなもん連れてくるなよ」
「ジタン、貴様!」
 くるりと振り向いたブリキが突進してくるのをかわすため、ジタンは高台に上った。
「待てっておっさん。忘れてたのは謝るって」
「〜〜〜〜っ! しかし今は貴様などに構っている暇はない! 姫さまはどこだ」
「あの辺にいると思うけど」
 ジタンが指差したのは、崩れた瓦礫に群れ咲いた花の辺りだった。ガーネットはエーコとビビと一緒に、その花について朗らかに談笑していた。
「姫さまから目を離すとは……ああ、しかし! 今はそのようなことも言っている暇はないのだ!」
 ガシャガシャと、隊長は走っていってしまった。
「なんだ、ありゃ?」
「一大事があったのじゃ」
「一大事?」
「アレクサンドリアがリンドブルムに攻め込んだらしい」
 横からサラマンダーが口を挟んだ。
「……え?」
 ジタンは目を見開いた。
「ど、どういうことだよ!」
「リンドブルムがガーネット姫を攫ったと思い込んで、エメラルド女王が軍隊を引き連れて攻めて来たのじゃ」
「そんな……」
 母さんたちは? と訊こうとして、ジタンは言葉を飲み込んだ。
 そんなことを訊いている場合ではない気がした。そんな、自分のことばっかり―――
「おぬしの両親は無事じゃ」
 ジタンの思考を読んだように、フライヤは言った。
「エーコ公女のところにおる。我々もおぬしらを追ってすぐこちらへ来る予定だったのじゃが、飛空艇が欠航になってしもうての。公女から小型の飛空艇をお借りしたのじゃ」
 すぐに引き返す手筈は付けてあると、彼女は付け加えた。
「ガーネット姫は取り急ぎ連れて行かねばなるまい。そうせねば話が収まらんからな。おぬしはここに残るか?」
「……いや」
 ジタンは低い声で小さく返答した。
「オレも、行く」


 スタイナーから事の次第を聞いたガーネットの顔は、一瞬で蒼褪めた。
 最も恐れていたことが起こったのだ。
 咄嗟に、ガーネットはジタンを見た。ジタンも彼女を見つめていた。
 ―――オレたちの運命は一つだ、と。
 青い目はまるでそう言っているようだった。









 一番、大切な記憶。

 それは、あなたと共に刻んだ一つ一つの記憶たち。

 今から考えれば

 あなたはいつも、頼りないわたしにその暖かい大きな手を

 差し伸べてくれていたのね。




 あの日、あなたは行ってしまったけれど

 わたしの名前、思いっ切り呼んでくれるって

 まだ信じていていいよね?




 ジタン―――











-第六章終わり-






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