*前回までのあらすじ*
召喚壁に刻まれた曽祖父の最後の言葉を発見したジタンとガーネット。
ビビは二人に、受け継がれた記憶を語って聞かせた。
一方、エーコはガーネットに自分の両親のことを打ち明ける。
そんな中、マダイン・サリへやってきたフライヤから、ガーネットの母エメラルド女王がリンドブルムへ攻め込んだことを伝えられる。
第七章<1>
「お母さま!」
飛空艇から身を乗り出し、ガーネットは叫んだ。
アレクサンドリアの飛空艇団がリンドブルム城を取り囲んでいる。今にも砲撃しようとするレッドローズの軍団。
その先頭にベアトリクスを見つけたガーネットが、金切り声で彼女の名を呼んだ。
「ガーネット様!」
ベアトリクスは風の中から小さな声を拾い、目を見開いた。
「どうしてそのようなところに―――!」
「お母さまは?! お母さまはどこにいらっしゃるの?」
ガーネットが甲板から落ちんばかりに身を乗り出し、「姫さま危ないのであります」とスタイナーが慌てた。
しかし、ガーネットの腕をジタンがしっかりと握り締めていた。それは、まるでガーネットの心を繋ぎとめている命綱のようだった。
「エメラルド様は後ろの船団におられます。すぐに無線でご連絡いたします」
「お願い!」
一先ずベアトリクスに会えたことで、ガーネットの緊張は少し解れた。
心配そうに見上げているエーコに、小さく微笑む。
きっと大丈夫。お母さまはわかってくださるはず。
やがて、一艘の飛空艇が進み出てきて、エーコ公女の小さな飛空艇の隣に着いた。甲板に母の姿を見て取るや、ガーネットは再び身を乗り出した。
「お母さま!」
「ガーネット」
こんなことはやめて、とガーネットが口走る前に、エメラルド女王は彼女に腕を差し伸べ、言った。
「さぁ、こっちへいらっしゃい。いい子だから」
「お母さま!」
「スタイナー。あなたがついていながら、なぜこのようなことになっているの?」
ガーネットの背後に佇んでいた甲冑姿の騎士に一瞬鋭い目線を送る。スタイナーは恐縮しきって首を竦めた。
「申し訳ござ……」
「わたしが自分で選んだからよ!」
遮るように、ガーネットが叫んだ。
「お母さま、目を覚まして! リンドブルムの人たちは何も悪くないわ!」
「目なら覚めていますよ」
エメラルド女王の声は冷たい響きを帯びた。
「お母さまの傍を離れてはいけないと、あれほど約束したでしょう、ガーネット。あなたが傍にいなくては、何かあっても守ってあげられないのよ」
「わたしは……!」
「さぁ、いらっしゃい。アレクサンドリアへ帰りましょうね」
まるで小さな子に言い含めるような言い方だったが、その声色は恐ろしいほど冷めていた。母がひどく怒っていることをガーネットは感じた。
違う、お母さまは恐れているの。
お父さまを、お兄さまを失った日から、お母さまはずっと恐れていた。これ以上誰かを失うことを。
でも、わたしは―――
ガーネットの前に、彼女を庇うようにすっと腕が伸びてきて、はっとしてガーネットは顔を上げた。
しかし、エメラルド女王の瞳の動揺は、それよりずっと顕著だった。
「ダガーのせいじゃないんだ」
金髪の少年は、その姿だけでエメラルド女王にすべてを悟らせた。その一言で最早彼女に何の説明も必要はなかったが、しかしジタンは言葉を止めなかった。
「テラの血を継いだのは、オレです」
「ジタン!」
ガーネットの声に涙が混じった。
「戦で死んだ人は、みんなオレが殺したのと同じだ」
「違うわ!」
「憎むなら、オレを憎んでください」
ジタン、とガーネットは悲痛な声で呼んだ。しかしジタンは挑むような目をエメラルド女王から背けなかった。
エメラルド女王もまた、彼から目を離そうとはしなかった。
彼女の胸には様々な思いが込み上げていた。長い間失くしていた最後のピースがはまったように、すべてが整然とそこに並んだことを彼女は感じた。
そう、すべては初めから決まっていたのだ。
エメラルド女王は目を閉じた。微かに瞼を震わせながら、彼女は細く溜め息を吐いた。
「あなたは」
―――あの子の息子なのね、と、エメラルド女王は呟いた。
***
一同はリンドブルム城の会議室に集った。
ジタンたちが入っていくと、そこにはエーコ老公女と、ジタンの両親も待っていた。
母親の青い目は痛々しいほど揺れていて、ジタンは息を呑んで立ち止まった。
「サフィー」
彼の後ろから娘と共に入ってきたエメラルド女王が進み出て、その名を呼んだ。
「あなたなのね?」
「お姉さま……!」
泣き崩れそうになった妹を、姉の手が抱き留めた。実に、18年ぶりの邂逅だった。
「長い間辛い思いをさせて……」
サフィーは頭を振った。
「お姉さまこそ、辛かったでしょうに。みんなあの戦で―――」
姉妹はしばらく黙ったままお互いを見つめていたが、やがてサフィーは息子に目線を移した。
「ごめんね、ジタン」
母が最初に口にしたのは、贖いの言葉だった。
両拳を握り締めて立ち尽くしていたジタンの背を、ガーネットがそっと押す。
「あんたに何も話してあげられなくて……臆病な母さんを許して」
「彼はすべてを知っているらしいわ」
エメラルド女王がそう囁いた。
青い目の決心を女王は知っていた。その目は彼の母親と同じであり、そして彼の祖父とも同じであった。だから、その目が何かを決心していることを、女王は知っていた。
同時に、その決心が彼にとってあまりに残酷であることも知ったのだ。
「ミコト叔母さまに聞いたのね」
母に問われ、ジタンは肯いた。
「大丈夫よ、みんなで何か手がないか考えるわ」
エーコ公女が口を挟んだ。
「あんたは何も心配することないんだからね」
しかしジタンは俯いたまま返事をしなかった。
どうにかする方法があるとすれば、それは一つしかないように思えた。
「馬鹿なことは考えないで!」
サフィーが悲痛な声で叫んだ。
「あたしは、あんたをそんな風にするために産んだんじゃないわ」
どこかでわかっていた。結婚して二年以上子供を授からなかったのに、父が亡くなった途端に、サフィーは妊娠した。
生まれてきたその子がジェノムの容姿をしていたことで、その予感はさらに深まった。
それでも、その子を愛しんで育てることを両親は決意した。例えこの星を滅ぼすかもしれない運命を背負っていたとしても、自分たちの子に変わりはなかった。
「そんな運命、あたしは信じない!」
「サフィー」
ジェフリーが肩を抱くと、ついにサフィーは泣き崩れた。
「俺たちも、それ相応の覚悟でお前を産むことを決めたし、育ててきたんだ。例え何があっても、俺たちは後悔しないし、お前にも後悔はさせない」
全て背負うと約束したあの日から、ジェフリーは二度と後悔しないと決めていた。
何を悔いることがあるだろうか? サファイアの他に愛せる人はいないし、彼女の生んだ子以外誰も欲しくはなかった。
「だから、後悔しないと言え、ジタン。生まれてきたことを後悔しないと」
父と子は真っ直ぐ向かい合っていた。ジタンの後ろで心配そうに背中を見つめていたガーネットは、ふとエメラルド女王の目を見た。
彼女の目は微笑んでいた。その色は、もう何年も見たことがないほど安らいでいた。
その目には苦痛が同居していたから、彼女がこの状況を楽しんでいるわけではないことは明白だった。
その瞬間、ガーネットは、その答えを母が知っているのだと悟った。
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