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「あ〜〜〜、びっくりしたぁ」
 と、頭を掻いているのは、先程彼女を追い掛け回していた金髪の少年。
 なんと、彼には尻尾が生えている。
 劇場艇に入ってしまえば今度はガーネットにうまく逃げる手立てもなく、彼はようやく彼女に追いついたのだった。
「お転婆なんだな、お姫さまは」
「失礼なこと言わないでください」
 頬を膨らませるガーネット。
 未だ、フードで顔を隠していたのに。
 この人は、なぜ自分が王女だとわかったのだろう?
「あなたは劇団の方なの?」
「そうだよ。ジタン、って言うんだ。よろしく姫さま」
 手を差し出してくるので、ガーネットはフードを外して握り返した。
「わたしはガーネット」
「知ってるって」
 と、彼は笑った。
「あの……あなたを見込んで、お願いがあるんです!」
「何?」
「わたしを、誘拐してくれませんか?」
「―――はい?」
 面食らった顔。
 それはそうだ。いきなりそんな突飛なことを頼まれるなんて、思いもしなかっただろう。
「リンドブルムの、エーコ公女のところへ行きたいんです」
「あれ? あのオバハンのこと知ってんのか?」
「オバ……え、ええ。一度だけお会いしたことが。母の友人なんだそうです」
「へぇ―――」
「お願いします! わたし、エーコおばさまにご相談したいことがあって……」
「何、相談って?」
「それは、その……」
 母のことは、誰にも言えない。
 ジタンはじっと、俯いたガーネットを見つめ。
「―――ふぅん。なんか、訳ありなんだな」
 と、肩を竦めた。
「ええ、そうなんです……」
「よし、わかった。てかさ、エーコに言われて来たんだよ、オレたち」
「え?」
 顔を上げ、目を見開くガーネット。
「君を連れてきて欲しいってさ。オバハンにもなんか話があるらしいぜ?」
「そうだったのですか……」
 ガーネットが再び俯いた時。
「姫さま―――!」
 と、大声で呼ぶ声が轟く。
「まぁ、スタイナーだわ!」
「スタイナーって?」
「わたしの従兄で、プルート隊の隊長なの」
「へ〜」
「へ〜、じゃないわ! 捕まったら連れて帰られてるに決まってる!」
「じゃ、隠れた方がいいな」
 キョロキョロと辺りを見回し、ちょっと狭いけど、と手近な箱に彼女を押し込めた。


 箱の外では押し問答が繰り広げられていた。
 一人は、件の金髪少年。
 もう一人は、従兄の騎士。
 スタイナーは「姫さまを攫ったのは貴様だろうが! どこへ隠した!」と怒号マックス。
 ジタンはジタンで両手を広げ、「何のことだ?」とやっている。
 ―――あぁ、ダメだわ。スタイナー、しつこいのでは有名なのよ。
 深い溜め息をついたとき。
「アデル。何をやっているのよ、あなたは。ガーネット様はいらしたの?」
「ベ、ベアトリクス―――! ……今、姫さまを攫ったとみられる男の尋問中だ」
 と、従兄妹同士で睨み合い。
 ベアトリクスは鼻であしらうとジタンをじろりと見た。
「そう。あなたがガーネット様を連れ去ったのね?」
「だからぁ、知らないってば」
「……ガーネット様は、リンドブルムへ行きたがっておられるのでしょう?」
「―――え?」
 ジタンはたじろぐ。
「いいでしょう、ガーネット様のことはあなたにお任せします。ただし……」
 スタイナーをぐいっと押し出す。
「この、うるさくて脳みそまで筋肉の役立たずな騎士、アデルバート・スタイナーをお供に付けさせていただきます」
「……イヤなんですけど」
 ジタンは眉を顰めて渋い顔。
「し、失礼な奴だな! ……ベアトリクス、姫さまをこんな男に任せていいと思っているのか?」
「あなたに任せるよりは安心だわ」
「―――」
 もはや、何も言う気力が起きないらしい。
「アデル。あなたもガーネット様のお心は察しているのでしょう?」
「―――まぁな」
「ならば、ガーネット様のお傍に付いて、しっかりお守りしてください」
「―――わかった」
 ベアトリクスはにっこり笑い、未だふて腐れ気味なスタイナーの背中を思い切り叩いた。
 と言っても、鎧を着ているのでダメージにはならないが。
「しっかりなさいな! 我らが祖は、あの八英雄アデルバート・スタイナー。あなたはその名を受け継いだのですから」
「へぇ、あんたたちってあのスタイナーの子孫なんだ」
「そう、孫です。ちなみに、ガーネット様も同じくして孫です」
「……げ、ウソ」
 似ても似つかないぜ? と、ジタン。
「あの方は、母君のエメラルド女王陛下に似ておられますから」
 と、そこで。
 ベアトリクスは何かを思い出したように目を見開いて。
「もう参らなくては。ガーネット様をくれぐれもよろしくお願い致します」
 言い残して、去っていった。


 ガーネットは、箱の穴から一部始終をすべて見守っていた。
「あ、そうだ。忘れてた」
 とジタンが歩み寄り、箱の蓋を開けて彼女を助け出した。
「ひ、姫さま! おのれ―――そのようなところに姫さまを閉じ込めおって……!」
「だってさ、あんたに見つかったらまずいって姫さまが言うから」
「あのぉ……」
「何?」
「その……姫さま、っていうのやめていただけません?」
「なんで? だって、あんた姫さまだろ?」
「こら、サル! あんたとは何だ、あんたとは!」
「なっ……! 言ったな、この鎧オヤジ!」
 掴み掛からんばかり。
 どうせ来るならベアトリクスに来て欲しかったんだけど……。
 ガーネットは溜め息をついた。
「二人とも、やめなさいったら」
 ―――彼女が言えば、大人しくなるから不思議だ。
「で、何だったっけ?」
「姫さま、という呼び名をやめていただきたいんです」
「じゃ、ガーネット、か」
「おのれサル! 姫さまをそのように……」
「うるさいなぁ、脳みそ筋肉!」
「何をぉぉぉ!!」
「ダガー!」
「「へ?」」
 ガーネットが一際大声で叫び、お互いに掴み掛かっていた二人は動きを止め、びっくり眼で彼女を見た。
「―――何だって?」
「ダガー、そう呼んでください。セカンドネームです」
「あ、そう、そういうことか」
 アレクサンドリアじゃうるさい時に「ダガー」って言うのかと思った、とジタンは頭を掻いた。
「ああ、いいぜ。じゃ、ダガーな。それなら呼び捨ててもおっさん文句ないんだろ?」
「―――大有りだ」
「いいじゃない、スタイナー。それとも、わたしは親しい方にも敬称を付けていただかないといけないの?」
「このようなサルに親しいとは!」
 スタイナーが真っ赤になって怒ったが。
 親しいのだ。
 親しい、と言うより、近しい。
 そんな感じがするから。
 ガーネットがジタンに微笑みかけ、スタイナーはまだ何か言いたげだったがとりあえずは口を閉じたのだった。





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