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 リンドブルムは今も貴族追放の運動が盛んだった。
 一連の騒動でサフィーがアレクサンドリア王家の血筋であることが露見する心配があるため、一家はアレクサンドリアへ移ることになった。
「元気でな」
「お気をつけてっス」
「おなか出して寝たらあかんで、ジタン」
「これ、持っていっていいずら」
 シナは、祖父から譲られた「あるもの」を手渡した。
「……シナ」
 しかしジタンの声色は、感動からは程遠いところにあった。
「お前、オレをオタクにするつもりか」
「ガーネット姫はかなり可愛いずら。頑張るずらよ」
「おお、そうだ頑張れよ」
「頑張ってや」
「頑張るっス、ジタンさん」
 励ましのベクトルは完全にずれていた。ジタンは「余計なお世話だ!」と叫んだ。



***



 ガーネットはジタンの手を引いて、アレクサンドリア湖の畔を歩いていた。
「エーコはダイアン叔父さまの娘だったの」
「エーコが?」
「ええ。照れくさいから、ジタンにはわたしから話して欲しいって」
 そういえば、とガーネットは考えた。彼女の父親がダイアン叔父なら、母親もまたアレクサンドリアの人間だったはずだ。
 二人が結婚することはなかった、とエーコは言っていた。実際ダイアン叔父は死ぬまで未婚のままだった。
 叔父が亡くなった頃はまだ幼かった彼女に、大人の事情を慮ることはできなかった。しかし、背が高く整った顔立ちの叔父は、大層女性に人気があったことだけは覚えていた。

 なぜ誰とも結婚しなかったのだろう。
 ガーネットは、ダイアン叔父の部屋へ遊びに行った時に、いつも優しく世話をしてくれる女中がいたことを思い出した。叔父付きの女中で、二人はとても仲が良かった。
 今から思えば、子供の前だからこそ、二人は何も気兼ねすることなくそうしていられたのではないか?
 城に帰ったら、二人のことをエーコに話して聞かせようと、ガーネットは心に決めた。


「ここよ」
 白い石段から続く木立の中の墓地。ガーネットはジタンをそこへ連れて行きたかったのだ。
「ここが、お祖父さまとお祖母さまのお墓なの」
 墓石は寄り添うように並んでいた。
「お祖母さまが亡くなってすぐ、お祖父さまもご病気で亡くなられたんですって」
「ふーん」
 ジタンは二つの墓石を代わる代わる見比べた。
 一つには、


民を愛し 国を愛し
全ての者から愛された女王
ガーネット=ティル=アレクサンドロス17世



 もう一つには、


真実の言葉と 真実の魂と
真実の愛を捧げた 女王の夫
ジタン・トライバル



 と書かれていた。


 二人の間を風が吹き抜け、木々の葉を鳴らして過ぎていった。


 どうしてだろう。
 どうしてか、ジタンはその場所を知っている気がした。
 ずっと前からそこを知っていて、ずっとそこへ帰ろうとし続けていた気がした。
 いや、違う。
 「そこ」は、たぶんこの場所のことを差しているわけではなかった。
 そう、いつか帰ろうとしていたのは―――


「ダガー」
 ジタンの声は、そよ風に負けないくらいささやかだった。
「きっとこれから、いろんなことが起こると思うんだ」
「そうね」
 ガーネットの瞳は悲しげに光った。
「でも、この先何が起こったとしても」
 ジタンはガーネットの両手を取ると、自分の両手で包んだ。
 祖父母の墓前で、まるでそれは誓いの儀式のようだった。
「ダガーがオレを守るって言ってくれたように、オレもダガーを守るよ」
「ジタン……」
「どこにいても、何があったとしても、必ずダガーの元へ帰る。約束する」
 ジタンの手に力がこもり、ガーネットの両手を握り締めた。ガーネットはジタンの目を見た。ジタンもガーネットを見つめていた。
「本当に、約束してくれる?」
 ガーネットは密やかに尋ねた。
「約束する」
 ジタンは噛み締めるように肯いた。


 ―――祖父母の墓前で、まるでそれは誓いの儀式のようだった。
 魂は廻り廻って、こうしてまた二人の元に戻ってきたのだ。


 ジタンとガーネットは、約束を誓うため、小さな口付けを交わした。





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