*前回までのあらすじ*
リンドブルムへ攻め込んだ母エメラルド女王を止めようと駆けつけたガーネット。
ジタンを一目見た時、エメラルド女王はその運命の全てを知った。
姉妹は十数年ぶりの再会を果たし、ジタンの一家はアレクサンドリアへ身を寄せる。
ジタンとガーネットは祖父母の墓を訪れ、厳かに誓いの口付けを交わしたのだった。
一行は、クリスタル・ワールドへ行くための方法を探し、忘れ去られた大陸へ向かうことになった。
第八章<1>
ジタンは、夜中にふと目を覚ました。彼の目を覚まさせたのは、どうやら飛空艇のエンジン音と風の音に混じって聞こえる、微かな歌声のようだった。
起き上がって、小さな窓から顔を出してみる。その歌声は甲板から聞こえていた。
双子の月は仄かに赤と青に光り、星は降るように瞬いていた。
眠れなかったガーネットは甲板に出て、小さな声で歌を歌っていた。幼い頃、母が枕元で歌ってくれた子守唄で、彼女はその歌がとても好きだった。その歌を聞けば、どんなに怖い夢を見た後でも、また穏やかに眠れることを彼女は知っていた。
怖かったのかもしれない。父や兄たちが死んだ場所へ行くのは、怖かった。
辛うじて生き残った兵たちの話では、急にモンスターの大群に囲まれ、隊は身動きが取れなくなったということだった。初陣だった兄のルイスが不用意に斬り込もうとして敵の注意を引いてしまい、それを庇ったダイアン叔父が犠牲になった。
まるでそれが合図だったかのように、モンスターは圧倒的な力を持って大勢の命を奪った、と。
そして、誰も助からなかった……と。
ガーネットは歌い続けながら、自分の腕を抱き寄せた。寒いわけではなかったが、知らず肩が震えた。
最後の出陣の日のことを、ガーネットは今でも覚えていた。父は大きな手で彼女の頭を撫で、「お母さんを頼んだよ」と、そう言った。
もしかしたらみんな知っていたのではないか、と思わずにはいられなかった。その戦いで命を落とすことになるのだと、父も兄も叔父も、知っていたのかもしれない。
もしかしたら、母さえもが知っていたのかもしれない。
ガーネットははっとして顔を上げた。
歌い続けていたメロディに、重なった別の歌声。
「ジタン」
ガーネットは歌い止め、目を丸くして彼を見た。
「眠れないのか?」
隣まで来ると、ジタンはガーネットの顔を覗き込んだ。
「知ってるの? この歌を」
彼女はまだ驚いたままの顔で、そう訊いた。
「子供の頃、母さんがよく歌ってた」
「叔母さまが?」
そう言ってしまってから、ガーネットは小さく息を詰めた。叔母さま、という呼び方は彼女には馴染みが薄かった……けれど。どうしてか、そう言ってしまってから初めて「そうなのだ」ということが実感として沸いてきた。
そうなのだ。同じ歌を知っているとしたら、それは偶然でもなんでもない。
きっと、彼と共有しているものはたくさんあるのだ。同じ記憶、同じ魂、同じ愛。
ジタンはほんの少し唇を尖らせて、地平線の近くで光る遠くの星を眺めていた。
「わたしも、小さい頃にお母さまがよく歌ってくださったの」
ガーネットの声は、星の瞬きに負けそうなほどささやかに響いた。
「オレたち、同じなんだな」
「ええ、そうね。同じね」
ジタンはガーネットを見た。ガーネットもジタンを見た。
ジタンは、ガーネットに感じた共通点を改めて思い起こしていた。そして、最初からこうして出会うことは決まっていたのかもしれないと思った。
もう一度やり直したとしても、きっと同じところで出会って、同じように戦ったに違いない。
それは、魂に刻まれた宿命なのだ。
ガーネットはクスリと笑うと、また歌いだした。その横顔をしばらく見つめた後、ジタンもまた、その歌声に合わせて歌い出した。
優しい歌を遺してくれた、その人に感謝しながら。
***
翌朝、飛空艇は忘れられた大陸に到着した。
未だに戦いの絶えないその大陸は荒廃として、砂埃ばかりがもうもうと立ち込めていた。
ミコトが地図を広げ、迷いもなく点々と赤い印をつけていった。
「ここがウイユヴェール、ここがイプセンの古城、水の祠、風の祠……」
封印が解かれて久しいことを考えれば、今更四つの祠が何か機能を持つとは考え難かった。それに引き換えれば、ウイユヴェールやイプセンの古城はまだ調査の余地がある。
「まずは、ウイユヴェールから調べてみましょう」
「待った」
それを、不意にジタンが制止した。
「テラの遺跡ってのは、この大陸にしかないのか?」
「いいえ。わかっているだけなら、外側の大陸にも一つあるわ」
「そっか……なら、二手に分かれよう」
「ジタン!」
何人かが抗議の声を上げた。
「今もモンスターとの戦いが続いてることを考えたら、一秒でも時間が惜しいんだ。これだけ人数がいれば、無理じゃないだろ?」
「しかし、この戦力で二手に分かれるなど無謀すぎる。危険じゃ」
フライヤが反対した。それに合わせてサラマンダーも肯く。
確かに、手馴れの戦士はジタン、サラマンダー、フライヤ、スタイナーのみ。戦力が二手に分かれるのはリスクが高かった。
「おぬしが焦っているのはわかるが、自分もフライヤ殿の意見に賛成だ」
スタイナーにも反対され、ジタンの目に諦めの色が浮かんだ時、ガーネットが口を開いた。
「わたしはジタンの意見に賛成よ。だって、今こうしている間も、戦っている兵士たちの命が危険に晒されているんですもの」
「そうよそうよ、エーコもダガーに賛成! ね、そうでしょビビ? あたしたちだって立派に戦えるんだから!」
「え? う、うん……」
ビビはもごもごと答えながら頷いた。エーコが「もっと言いなさいよ!」と肘で突くと、ビビは急に金色の目に決意を表して顔を上げた。
「もしミコトが言っているのが『デザートエンプレス』のことなら、ボクにも案内できると思うよ」
「ビビ」
ミコトが窘めるような声色で彼の名を呼んだ。
「それに、ウイユヴェールでは魔法が使えないから、ボクもエーコもおねえちゃんも、戦うのは難しいでしょ、ミコト?」
「そうなのか?」
「……ええ」
だとしても、今彼らを離れ離れにするのは気が引けた。それは、かつてあの男がそうしたのと同じだった。
あの時、もしどこかで何かが間違っていたら、戦力を二分された彼らのうち一方は全滅していたはずだったのだ。
「私はあくまで反対よ。でも、あなたたちがそうしたいと思うなら―――そうできると思うのなら、もう何も言わないわ」
ジタンが他の全員を見渡した。
「ここの遺跡で魔法が使えないなら、やっぱり二手に分かれた方がいいと思うんだ」
ジタンの言葉に、今度は誰も反対しなかった。
「で、もう片方にビビとエーコ、ダガーは回った方がいいと思う」
「そうじゃな」
フライヤも頷いた。
「なら、私もそちらへ回ろう。その方が何もかも安全じゃ」
と、「何もかも」に殊更強くアクセントをつけて、彼女は言った。しかし、ジタンはともかくもスタイナーがそれに反対した。
「姫さまは自分がお側でお守りすべきお方。自分がそちら側へ回るのが順当ではないか」
「その方が、魔法剣も使えて便利だろう」
と、意外にもサラマンダーが同調した。
確かに、ビビに伝えられていた記憶から、スタイナーとの連動技の練習はかなり進んでいた。
「しかし、スタイナーでは三人の面倒を一遍には看られまい。ダガーは良いにしても、それではエーコやビビが不憫じゃ」
「よし、わかった。聞いてくれ」
ジタンは両手を広げて全員の注意を引いた。
「オレ、ダガー、スタイナーのおっさん、サラマンダーがここに残る。フライヤとビビ、エーコ、クッタは外側の大陸へ向かってくれ」
「どこがわかっておるのだ、自分とビビ殿が組まねば魔法剣は使えない上に、この遺跡では姫さまは魔法をお使いになれないのだぞ」
「だから、これ以上こっちの攻撃力を減らすわけにはいかないんだよ。おっさん子供の面倒なんて看られるのか?」
ジタンが言うと、スタイナーは渋々と口を閉じた。どちらにしろ、大事な姫さまと別行動になるよりはマシだ。
「フライヤには面倒掛けるけど、よろしくな」
「任せておくのじゃ」
ウイユヴェール組とミコトは飛空艇を降り、残りの四人は外側の大陸へ向かった。
遺跡へ入る直前、少し立ち止まったジタンはサラマンダーにこっそり言った。
「悪いな、あいつと別で」
「……ふん」
サラマンダーは無視してさっさと遺跡へ入って行ってしまった。
その背中を見ながら、ジタンは一人忍び笑いを洩らした。
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