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少し休憩すると、一行は書庫へ戻って書物を調べることになった。
「読めぬのう」
フライヤが困ったように本の背を撫でた。フライヤには全く読めない字ばかりだった。
「『今日の晩ご飯』だって。なかなか興味あるわね」
エーコが背伸びしてそれを読んだ。
「エーコ、おぬし読めるのか?」
「うん、そう書いてあるみたいよ」
「隣は?」
「そっちは……『パッチワーク図案』かな」
「暮らし向きの本ばかりじゃな」
「ここにある本は、リンドブルムの街にある図書館と同じようなものが多いのだわ」
「そうか……手がかりなしじゃな」
「エーコ、こっち!」
ビビが手招きしてエーコを呼んだ。
「これ、読める?」
「『テラの繁栄とその衰退』」
フライヤも側へやって来た。
「ふむ」
ビビは中を開いて、みんなに見えるように傾けた。
「いろいろ絵が描いてあるんだ」
「科学書のようなものかの」
「あ、待って」
ページを繰るビビの手を止め、エーコは一箇所をじっと見つめた。
「……どういうこと?」
「どうしたの?」
「何が書いてあるのじゃ」
「それが」
エーコは指でその部分を示した。
「『テラは繁栄ゆえに衰勢の途を辿り、我々は魂を遺して眠りに就かざるを得ず。管理者による新しき星との融合の後、再び器にこの魂を宿すものである』」
「融合……」
「それが、このガイアのことと言う訳か?」
「そういうことみたい」
フライヤは近くの本棚を見回した。
「エーコ、この辺りの本を隈なく調べるのじゃ。手掛かりがあるやもしれん」
「やってみる」
「結局、何も見つかんなかったな」
ジタンは城を見上げて呟いた。ウイユヴェールからイプセンの古城へ移り、ミコトの案内を元に探索したが、テラへの路を開くための手掛かりは見つからなかった。
「ビビたちの方はどうかしら」
ガーネットが呟いた。
「連絡がないところを見ると、何かあったのかもしれないわ」
「んじゃ、そっちへ行ってみるか」
ジタンたちがデザートエンプレスの入り口へ着くと、クッタがそこで待っていた。
「なんだ、迎えか?」
「待っていたアルよ。大事なものが見つかったみたいアル」
「ホントか!?」
「みんな書庫にいるアル。ワタシが案内するアル」
クッタは青い魔方陣を指差した。
「ジタン! ダガー!」
エーコが立ち上がって二人の名を呼んだ。
「よぉ、大変だったみたいだな」
ジタンが片手を上げてそれに答えた。エーコは少し困ったようにビビを見た。
「―――ビビ」
ミコトが彼の側まで行くと、ビビは一瞬本から顔を上げたものの、また俯いてしまった。
「ごめんなさい。ボクのせいなんだ」
「違うわ、エーコたちビビのお蔭で助かったんだから!」
エーコが庇うように間に割って入った。
「だから怒らないであげて」
「……別に、怒っているわけじゃないわ」
ミコトは無表情な目でそう言った。
「ただ、自分の能力を超えたことをするのは、危険が伴うということをわかって欲しいだけよ」
「でも」
唐突に、ジタンが口を挟んだ。
「自分の範囲内のことばっかりしてたら、いつまでも成長できないだろ?」
ジタンはニッと笑うと、ビビの帽子を軽く小突いた。
「頑張ったんだろ。やるじゃん、ビビ」
「え?」
ビビは驚いたようにジタンを見上げたが、やがて帽子のつばを両手で引っ張った。
***
「大きな書庫なのね」
ガーネットは部屋を見回した。大きな本棚には、ぎっしりと本が詰まっていた。
「この辺りに、テラの内情を書いた本があるのじゃ」
フライヤが大まかに指差した辺りには、分厚い本が並んでいた。
「とは言え、我々には読めぬのじゃがな」
「ウイユヴェールでも思ったんだけどさ」
ジタンが一冊の本を抜き取りながら言った。
「オレとダガーには読めるんだ」
「エーコにも読めるわよ」
と、エーコが手を挙げた。
「読めるって言うより、字が語りかけてくるって感じなのだけど……」
エーコの言葉に、ガーネットも頷いた。
「この文字は、テラの古代文字よ」
ミコトが本から顔を上げて、そう言った。
ジタンは手元を見下ろした。古代文字は彼に『グルグ火山と次元の狭間』と語り掛けていた。
「グルグ火山って……閉ざされた大陸の?」
「元はテラにあった山なのよ」
ミコトは、本棚の本を物色しながら、そう説明した。
「じゃぁ、これも融合の時にガイア側に残されたのか」
「恐らくね」
「次元の狭間って何だろう……」
本の背を辿っていたミコトの指がはた、と止まった。
テラはガイアの前にも数度、若い星を融合したことがあった。その度に、お互いの次元間に通り道を作って、古い星から新しい星へと移動するような話を聞いたことを思い出したのだ。
ミコトは無言のまま、ジタンの手からその本を引っ手繰った。
「何だよ!」
彼女は答えず、ページを繰り続けた。
「あったわ」
部屋のあちこちに散らばっていた仲間たちも集まってきた。
「古い星と新しい星との間に、次元の狭間を作る方法があったのよ」
「次元の狭間って……光る島のこと?」
ビビがミコトを見上げてそう訊いた。
「そうよ」
「グルグ火山とどう関係があるんだ?」
ミコトはジタンを見た。それからエーコを見下ろした。
「グルグ火山には神殿と呼ばれた場所があって、テラの魔道士たちがそこで時空穴を開けるための儀式を行っていたそうよ」
「儀式……」
「生け贄を捧げ、その魔力を抽出して、時空の流れを切り裂くことに用いたと書いてあるわ」
エーコが考え込むように俯いた。
「おばあちゃまに聞いたことがあるわ……昔、グルグ火山で酷い目に遭ったって」
「クジャはその場所を利用して、あなたのお祖母さんの召喚獣を抽出しようとしたのね」
しかし、テラへ帰りたがっていたクジャがその方法を見出せなかったのは、彼がその場所を単なる『抽出場』としか考えていなかったせいかもしれない、とミコトは思った。彼は、その場所が次元の歪みを生じやすい場所ということを知らなかったのだろう。
「とにかく、そこへ行けば時空に穴が開くってことなんだな」
ジタンが気勢をつけるように左手で右手の拳を受けると、しかしミコトははっきりとは頷かなかった。
「可能性があるというだけよ。この方法を試すわけにもいかないし」
そう言って、再び本に目を落とした。「生け贄には、魔性の血を引く十六の娘を選ぶこと」と書かれていた。魔性とは、ガイアで言う『召喚士』ということになるだろうか。そうなると、この本の通りの方法を行うとなれば―――と、ミコトはあらゆる可能性を頭の中で繋ぎ合わせた。
恐らくは、ガーネットが生け贄にならねばならないことになるだろう。
「行くだけでも行ってみたらどうかしら」
ガーネットが提案した。
「他に何か手掛かりが見つかるかもしれないわ」
「そうだな」
ジタンも頷いた。
ねぇ、ジタン。
あなたは覚えているかしら?
あなたがわたしを
愛してくれたこと。
どうか忘れないで、
ずっと、覚えていてね―――
-第八章終わり-
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