*前回までのあらすじ*

 二手に分かれてクリスタル・ワールドへの道を探すジタンたち一行。
 仕掛けだらけのデザートエンプレスには、ビビ・エーコ・フライヤ・クッタが向かうことになった。
 落とし穴から牢獄へ落ちてしまったエーコとフライヤを助けるために、ビビはクッタと力を合わせ、その仕掛けを解くのだった。
 一方、ウイユヴェールでもイプセンの古城でも手掛かりを発見できなかったジタンたちも、ビビたちに合流することに。
 デザートエンプレスの書庫で、手掛かりになりそうな古い文献が見つかった。



第九章<1>



「でっかい魔方陣だなぁ……」
 ジタンは床に描かれた不思議な文様の前で、溜め息混じりにそう言った。
「ここでオバハンは召喚獣を抽出されそうになったってわけか」
「ジタン、その呼び方おばあちゃま怒るわよ」
 エーコが横から注意した。
「何か手掛かりがないか探してみましょう」
 ガーネットは早速魔方陣の周りを観察し始める。
「探すって言っても、何をどう探せばいいのか……」
 ジタンは後ろ頭を掻いた。
 ミコトは、デザートエンプレスから持ち出した本を読んでいた。
「この本の方法では、魔方陣の真ん中に生け贄が横たわり、それを挟んで魔道士たちが呪文を唱えるようね」
 ガーネットが魔方陣の真ん中まで歩いた。
「この辺かしら」
「ダガー、危ないから気をつけろよ」
 ジタンが釘を刺し、ガーネットは頷いた。『魔性の血を引く十六の娘』は、ガーネットにぴったりと合致していた。
「呪文はこうよ。
 『無限の命を持ちし群雄たちよ
  無窮の力を持ちし群雄たちよ
  いま此処に十と六年の眠りから解き放たん
  いま此処に十と六年の宿りから旅立たん
  汝に光明を
  汝の解放を
  時は来れり
  時は満てり』」


 その時だった。
 突然、ガーネットの宝珠がキラキラと光を放ち出し、その場の全員が驚いて彼女に注目した。
「ダガー!」
「な、何?」
「あ、こっちも!」
 エーコが耳に着けていた宝珠の欠片も輝き出した。
「クリスタルが共鳴しているんだわ」
「危ない、下がって!」
 ガーネットが近付いていたエーコの腕を引いて、魔方陣から飛び出した。
「ど、どうしたの?」
「地面から光が……!」
「光?」
 その通りだった。魔方陣の底から湧き上がるように、光が溢れ出した。光は勢いを持ってそのまま天井を突き抜け、空まで上がっていった。
「うわぁ……」
 まるで火山が噴火でもしたかのように、空に向かって穴が開いていた。そしてその先に、球状の光がぽっかりと浮かんでいた。
「あれが……」
「次元の狭間?」
 その時、突然ふわりと身体が浮き上がる感覚に、数人が短く悲鳴を上げた。
「な、何これ!」
「吸い込まれる……!?」
 まるで誘き寄せられてでもいるかのように、身体はゆっくりと床から離れ、空へ向かって浮遊していた。
「ど、どうなるのボクたち!?」
 ビビはジタバタと手足をばたつかせ、側にあったサラマンダーの足に掴まった。
「そんなもん、行ってみなけりゃわからねぇ」
 サラマンダーはそう言うと、勢いをつけて飛んだ。そのため、ビビも一緒に連れて行かれる羽目になった。
 うわーーっと叫んでいるビビの声を頭上に聞きながら、ジタンとガーネットも顔を見合わせて頷き合った。
「行こう」
「ええ!」
 キラキラと光が満ち溢れていた。光が放出されているのか、吸い込まれているのか、どちらなのかわからないほどに、そこには光が溢れていた。
 全員がその光に吸い込まれて異次元へと落ちてしまうと、光は残り火を揉み消すように、ふわりと消えてなくなった。






 辿り着いたのは、一面の青い世界だった。
 ガイアのクリスタルが照らすからここはこんなに青いのだ、とミコトが説明した。
「テラの空間はもうほとんど残ってはいないようね」
 しかし、彼女の記憶を寄せ集めれば、クリスタルまでの道のりを判別することはできた。道は以前より更に入り組み、ほとんど迷路のようになってはいたが。
「全員はぐれないように気をつけて」
 と、ミコトは注意した。


「ジタン、どうしたの?」
 ガーネットが、彼の異変に気付いて声を掛けた。
「あ? いや、別に……」
「何か気になることでもあるの?」
 どうしたのかと、全員がジタンを見た。
 しかし、ジタンはずっと遠くの方を見たまま、「あ、また」と呟いた。
「ジタン?」
「……ちょっと、行って見てくる」
「え?」
 言うが早いか、ジタンは列を抜けて通路の向こうまで走って行ってしまった。
「待つのじゃ!」
 フライヤが引き止めようと腕を伸ばしたが、すんでのところで尻尾を掴み損なった。
「いけない」
 ミコトが頭を振った。
「追いかけよう!」
 ビビが走り始めたが、それより数段早くエーコが通路の曲がり角まで辿り着いた。
「どっち?」
 彼女は困ったように立ち往生していた。
 通路は幾筋にも別れていて、ジタンの姿はどこにも見当たらなかった。
「ミコトおばさま……」
 ガーネットが呼んだが、ミコトはじっと目を閉じたまま何も答えなかった。ただ「ダメよ」と、繰り返し繰り返し呟いていた。
 次の瞬間、その目がカッと見開かれ、ガーネットは驚いて一歩後ずさった。
「ああ、ダメよ!」
 そして突然、彼女は側の壁を抜けるように、忽然と消えてしまった。
「ど、どっちに行けばいいのよ!」
 エーコが叫んだが、最早答えは返ってこなかった。



 ミコトがその部屋へ駆け込むと、ジタンは既にカプセルの中で両手足を拘束され、正に彼の「人」としての部分を「浄化」されようとしていた。
「ガーランド!」
 ミコトは叫び声を上げた。
「なんて卑怯なのあなたは……!」
『我々は必要な器を利用するだけだ』
「違うわ、この子は器ではないわ!」
 ミコトはカプセルのガラスを叩いた。もちろん、壊れるわけもなかった。そんなことは彼女が一番良く知っていた。
 いや、かつて誰かがこんな風に壊そうとしたことがあっただろうか?
 ジェノムたちに意思がなかった五十年前のことを、ミコトは昨日のことのように思い出していた。
 乗っ取られるわけにはいかなかった。ジェノムたちは自我に目覚め、あんなにも幸せに暮らしているというのに―――!
 ミコトは呪文を唱えた。もう長い間、魔法を唱える場面には出くわさなかった。彼女をテラの支配者とするため、ガーランドは彼女に魔力を与えたが、それを何かに役立てることは遂になかったのだ。
 今日、今までは。
「アルテマ!」
 辺り一体に圧倒的な魔力が帯びたが、ガラスは傷さえつかなかった。
「アルテマ!」
『無駄だ。お前が一番よくわかっていることだろうに』
「ジタン!」
 ミコトは、培養液の中で意識のない少年に呼びかけた。
「ジタン、あなたそこにいるんでしょう?」
 ガラスを叩き続けたが、どうしようもなかった。
「あなたの守りたいものなんでしょう、お願いだから目を覚まして……」
 ミコトは思い出していた。
 最後に、ジタンが彼女の元を訪れた日のことを。





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