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「オレたちって、死んだらどこへ行くんだ?」
 ビビの墓の前で、ジタンはミコトにそう訊いた。
 ミコトは一瞬だけ、戸惑ったようにその横顔を見つめた。
 人間なら、そろそろ自分の人生の終末を考え始めるような歳だった。しかしミコトには、その実感は薄く遠いものだった。
「あなたと私には、厳密には『死』が訪れることはないわ」
 そう言うと、ジタンは驚いたように彼女を見た。
「どういうことだ?」
「支配者は、永遠に近い時間を生き続けることができるの。だから、あなたに寿命は存在しないわ」
「何だって……?」
 ジタンは呆然としたような顔になった。
「ただ、万が一死が訪れたとしたなら」
 ミコトはそれには構わずに、続けた。
「あくまで想像に過ぎないけど、恐らく私たちはどこへも還ることはないんじゃないかしら」
「どこへも?」
「ジェノムは、元来魂を持って生まれるものではないから」
「じゃぁ、オレたちの記憶はどうなるんだよ。消えてなくなるのか?」
「……わからないわ」
 それからしばらくの間、ジタンはじっと黙って立っていた。
 ガイアに長く暮らすうち、ミコトにもわかったことがあった。ビビは「記憶を空へ預けにゆく」と言っていたが、人々は、死後その記憶がクリスタルで再び巡り会うことを信じていたのだ。ただ幸福で穏やかな、クリスタルの世界。……本当にそんなものがあるのかどうか、誰にもわからないけれど。
 きっと、ジタンはガーネットと離れるのを拒むだろう。ミコトはそう思った。
 彼女が死んだ後の世を、永遠に近い時間生き続けるなど、彼には責め苦以外の何物でもないのだ。
「あの人なら……」
 不意に、ミコトは小さく呟いた。
「ダガーなら、あなたをガイアのクリスタルへ導くことができるかもしれない」
 光明を見出したかのように、ジタンが顔を上げた。
「彼女の魂は特別に強くクリスタルと引き合っているようだから―――もちろん、確信があるわけではないけど」
「どうすればいい?」
 ミコトは徐に、首から提げていた小さなガラス瓶を取り出した。
「一緒に、逝くしかないわ」
「……っ!」
 ジタンの目が大きく見開かれた。
「これをあなたにあげる」
 ミコトは、小瓶をジタンの手の中へ押し込めた。
「彼女が亡くなって、最初に晴れた日の夜、これを飲むのよ」
 ジタンは自分の手の中をじっと見た。僅かに、戸惑っているような表情だった。
「他には方法がないの」
 ミコトは確かめるようにそう言った。
「いいわね、最初に晴れた日の夜、彼女がクリスタルへ還る日よ。その日を逃したら、あなたはどこへも行かれない、迷子の風になってしまうのよ」
 ジタンはまだ小瓶を見つめていた。
「オレが死んだら……その後は、どうなるんだ?」
 ミコトは小さく息を吐いた。
「あなたが死ねば、あなたの運命を受け継いだ子が再び生まれてくるでしょうね」
「また、同じことが繰り返されるのか?」
「恐らくは」
 ジタンはじっと考えていた。
 ジェノムが、こんな風に自分の魂の行方を思い惑うなど、きっと誰も考えてはいなかったに違いない。それだけに、その魂がどんな仕組みで輪廻するのか、ミコトにも実のところわかってはいなかった。
 しかし、ガーランドは保険をかけていたに違いない。ジタンの魂は、また生まれ変わって同じ運命を背負うのだ。


 やがて、ジタンは小さく頷いた。彼の右手は、その小瓶をぎゅっと握り締めていた。
「ミコト、頼みがある」
「ええ」
 彼女にもわかっていた。
「そいつが……オレの運命を受け継いだ子が、もし全てを終わらせたいと願ったら」
「私が、あなたの代わりにその子を守るわ」
 ミコトが後を継いでそう言った。
「私は永久の時を生きて、全てを終わらせることを願う子が現れたら、その願いを叶えるためにこの命を懸けるわ」
「ミコト……」
 ジタンは、哀しげな目で微笑んだ。
「頼む」
 と、そして、彼は「すまない」と呟いた。




「アルテマ!」
 ミコトの魔力は尽きようとしていた。このままでは、全てがガーランドの思う通りに……テラの民たちの思う通りになってしまう。
 それだけは認められなかった。絶対に認められなかった―――!



 突然のことだった。



 ミコトは、身体の奥から赤い光が沸き起こるのを感じた。五十年の間、心の奥底に眠り続けた力が覚醒したのだ。
『馬鹿な……』
 どこか遠くで、ガーランドがそう呟いたのが聞こえた。
 しかし、それは事実として起こったことだった。


 ミコトは、トランスしていた。





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