*前回までのあらすじ*
劇場艇にこっそり乗り込み、リンドブルムへ向かったガーネット王女。
彼女はリンドブルムの老公女エーコに謁見し、母の変化を伝えた。
エーコ公女は「自分は何もできない」と言うが、
「外側の大陸」に暮らす「ミコト大叔母」の元へ向かうよう指示する。
そしてジタンには「あなたはまだ何も知らない」と、意味深な忠告をする。
エーコ公女の孫、エーコもマダイン・サリの召喚壁を見るため一行に加わると言い出し、
老公女は、ジタンの友人サラマンダーにも、この旅に参加するよう要請していると話す。
第三章<1>
サラマンダー―――というのは、彼の本当の名ではなかった。
伝説の八英雄の一人であった彼の祖父の通り名で、彼は大層この祖父を尊敬していたのだ。
……物心ついた頃にはリンドブルムへ引っ越していたので、アレクサンドリアに骨を埋めた祖父に実際会った記憶はなかった、が。
彼が気に入っている祖父の肩書きは「八英雄」ではなく、「世紀の賞金稼ぎ」だという。
「サラマンダー!」
工業区のエアキャブ駅を降りたところで、ジタンは旧知の友人に大声を掛けた。
普通の人間より頭一つ分大柄な彼は、面倒臭そうに片手を上げる。
側まで駆け寄ると、ジタンは面白そうに彼の脇腹を肘でつついた。
「何ぶすっとしてんだよ、ニート」
……というのが、彼の本名なのだ。
「その名前で呼ぶなって言ってんだろ、小ザル!」
「親からもらった名前は大事にするもんだぜ、トカゲ!」
ガーネットの手を引いてようやく追いついたエーコは、頬を膨らませて抗議した。
「ちょっと! レディを置き去りにして、何ふざけ合ってるのよ、あなたたち!」
ジタンはやれやれと苦笑いして、エーコの頭に手を置いた。
「やぁ、サラマンダー、紹介するぜ。こちらはレディ・エーコ」
「……知ってる」
「それから」
―――と言ったところで、エーコはプンプンしながらジタンの手を振りほどいた。
「こちらはダガー。お前と同じアレクサンドリア出身の女の子さ」
「……どっからどう見ても女にしか見えん」
「そこを拾うなよ、そこを」
サラマンダーの青灰色の瞳が、数瞬ガーネットの黒い瞳の上に留まった。
ガーネットも、その瞳をじっと見つめた。
―――褐色の髪を垂らしていたので、彼の瞳は用意に覗くことは出来ない。
彼女は、全てを見透かされ、何も見つけられなかった感覚を覚えた。
「まぁ、よろしく」
と、サラマンダーは気の乗らない様子で一言挨拶しただけだった。
「で、外側の大陸へは明日発つんだろう? 今日はどうする」
「それなんだけどさ」
と、ジタンはとびきり悪戯っぽく目を輝かせた。
「ダガーはアジトに連れてって、今晩泊める約束なんだ」
慎重だったサラマンダーの目が、突然哀れむような色に変わった。
「……大変だな、あんたも」
「なんだよ、サラマンダー! いくらダガーが可愛いからって、無駄だからな。お前には譲らないぜ」
「―――言ってないだろうが」
「そんなんだから、彼女の一人もできねぇんだろ、サラマンダーは」
「……女なぞコリゴリだ」
エーコが突然高らかに笑い出した。
「ねぇ、ラニは元気?」
ラニ―――はサラマンダーの年子の妹で、彼を兄というより弟のように扱っていた。
そんな彼女は、母親によく似ていたのだ。
―――もっとも、古い友人たちは彼女を祖母似だと言って憚らなかったが。
「エーコ、今日はサラマンダーのお家にお泊まりするのだわ! いい?」
と尋ねた先は家主でなくジタン。
「ああ、いいぜ。明日待ち合わせて出発しよう」
「わーい!」
サラマンダーは明らかに渋い顔をしたが、拒否はしなかった。
その顔を横目で確認すると、エーコはくるりとガーネットを振り向き。
「そういうわけで、エーコは一緒に行かれないけど、大丈夫?」
「ええ、もちろん。ジタンがいるから大丈夫よ」
「……そのジタンが危ないのだわ」
と、腕組みしてエーコ。
「女の子のこととなると見境なくなるって、サフィーおばちゃん嘆いてたわ。ダガーも十分注意してね! 何かあったらエーコに言うんだよ」
長身のサラマンダーに半ばぶら下がるようにしてエーコが去っていくと、ジタンはようやく五月蝿いのがいなくなったとばかりにため息をついた。
「それじゃ、オレたちも劇場街へ戻ろう。言伝頼んだし、母さんが待ってるはずだよ」
―――そして、二人はすっかり忘れていた。
あの、恐ろしいほど生真面目で忠実な騎士、アデルバート・スタイナーのことを……!
***
二人が劇場街へ着いてみると、駅に出迎えが来ていた。
ジタンの母親、サフィーだった。
駆け寄ってきた息子とその連れに、彼女はにっこり微笑みかけた。
「お帰り、ジタン。ご苦労さま」
「この子がダガーだよ、母さん」
ジタンは一歩後ろに立ち止まったガーネットを振り向き、再び母親を見た。
サフィーはガーネットに、親しげに笑いかけた。
「こんなところまで連れて来られて、大変だったでしょう? お夕飯を用意してあるから、さぁいらっしゃいな」
サフィーとジタンはそっくりな容姿をしていた。
ガーネットはしばらく二人を見比べていたが、ジタンが「行こう!」と彼女を促したため、深くは考えずに済んだ。
アジトの居間には、劇場艇で一緒だったメンバーが揃っていた。
ブランク、マーカス、シナ、ルビィ。
ジタンの父親ジェフリー。
テーブルには城の夕食とはまったく違う、ごく一般的な―――ガーネットには幾分質素な料理が並んでいた。
「こっちに座りぃな!」
と、ルビィが隣の椅子を引いてくれた。
「ありがとう」
「口に合うかどうかわからないけど、お腹空いてるだろ?」
ジェフリーが尋ね、ガーネットは遠慮がちに頷いた。
「遠慮することないのよ? うちは大所帯だから、一人増えても大して変わらないの」
とサフィーは笑った。
「食べ盛りで遠慮も知らないのばっかりだからねぇ」
と、丁度側に座っていたブランクの頭を小突く。
「ってぇ!」
「たまには家に顔出しなさいよ、ブランク。お母さん心配してるでしょ」
「……どうだか」
「あ、マーカス! あんたそれうちのエビフライやんか!」
「え、どれっスか?」
「白々しいわ! うちの好物なのに〜っ!」
と、今度は向かいの席のシナの皿からエビフライを一つ取り上げる。
「あ、何するずら! 返すずら、ルビィ!」
「もう食べてもうたもんね〜♪」
「ひどいずら〜」
「はいはい、うるさい。少しは大人しく出来ないの?」
サフィーはため息をつくと、シナの皿にエビフライを一つ追加した。
「あんたたち、いつまでたっても子供みたいに。ダガーがびっくりしちゃうじゃない」
ねぇ? と、サフィーはガーネットに笑いかけた。
当のガーネットは、幾分目を丸くしながらやり取りを見ている。やがてサフィーを見上げ、
「わたしも……子供の頃はお兄さまと喧嘩したこともありましたけど」
そう呟いた。
「うちと同じなんやね〜」
と、ルビィ。
「うちは始終取っ組み合いの大喧嘩やで」
「まさか、お姫さまはそんなことしないっスよ、ルビィ」
マーカスが口を挟んだ。
「お兄さまとは六つも年が離れていたから、わたしでは相手にならなかったと思うわ」
ガーネットは笑った。
それは、ほんの少しだけ悲しみを帯びた微笑だった。
しかし、その場にいた誰も、その悲しみには気づかなかった。
ただ、サフィーだけが、慰めるように慈しむように、ゆっくりと彼女の頭を撫でてくれた。
ガーネットは刹那、母を思い出した。
昔、怖い夢を見たと言っては駆け込んだ、母の優しさを。
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