<2>
翌朝。
遅くまで遊んでいたジタンとダガーは眠そうな顔。
サラマンダーが呆れた表情で二人を見た。
「そんな様子じゃ、昨日の晩出掛けた方がまだましだったな」
「仕方ないだろ、カードゲームで盛り上がっちまって」
と、ジタンは頭を掻いた。
「タンタラスでは、ずいぶん化石なゲームが流行ってるのねぇ」
エーコが小馬鹿にした物言いをしたので、ジタンはよく彼の母が彼にする、「梅干」なる技を発動した。
「痛いイタイいたい!!!」
「あら、おもしろかったわよ、ゲーム」
と、ガーネットが目を擦りながら言い、ジタンは途端に手を離すと得意気に笑った。
「だろ? ブームなんだよ、ウチの」
ガーネットもにっこり微笑んだ。
「それに、タンタラスの皆さんとってもいい方ばかりだし、楽しかったわ。ありがとう、ジタン」
すっかり満足そうなジタンの顔を見上げ、エーコはおもしろくなさそうにふいっとそっぽを向く。
「行こう、ダガー」
と、突然ガーネットの手を握り締め、走り出した。
「おいおい、待てってエーコ!」
「おい」
サラマンダーが、不意にジタンを呼んだ。
ジタンは振り向く。
「なんだ?」
「……一つ聞いておきたいことがある」
「なんだよ」
ジタンは一度二人の走り去った方向を確認し、またサラマンダーの方を向いた。
「お前は、なぜわざわざ向こうの大陸まで行くんだ」
サラマンダーはじっとジタンを見た。
「もちろん、ダガーのためさ」
ジタンはそう答えると、おどけたように片目を瞑った。
「真面目に答えろ」
「真面目に言ってるんだって」
ジタンは、エーコと手を繋いで露店を覗くガーネットを振り向いた。
「最初にダガーと出会ったとき、すごく気になったんだ、あの子のことが」
楽しげに笑うガーネットに、ジタンも知らず笑みを浮かべた。
「オレとダガーの間には、何か目に見えない繋がりがあるって気がするんだ……なんて言うか、共通点、みたいなものが」
サラマンダーは「ふん」と鼻息で相槌を打った。
「俺には、落ちぶれた盗賊のお前とアレクサンドリアの姫さんにどんな共通点があるのか、全くわからんが」
「ひっでぇこと言うなぁ」
ジタンはケラケラと笑った。
「どっちにしろさ、オバハンにあそこまで焚きつけられたら、行かないわけにはいかないってもんだろ。オレはまだ何も知らない、なんて言われたらさ」
「知らないほうが幸せなこともあるだろう」
サラマンダーが珍しく、消極的なことを言った。
「そんなことは、オレが判断する」
ジタンが返すと、サラマンダーはまじまじとジタンを見つめ、やがてため息をついた。
勝手にしろ、と彼は目で言った。
―――本当は、知りたいのだ。
ずっと知りたかったこと。
自分を見る母の目が、日増しに悲しい色を増している訳。
知れば、今までのようなお気楽な自分ではいられなくなるかもしれない。
それは、彼にもわかっていた。
でも、わかっていても、知りたかったのだ。
自分の知らないことが、何なのか。
そして無意識のうちに、それはたぶんガーネットと自分の「共通点」なのではないか―――と、彼は思っていた。
彼がその思いをはっきり自覚するには、まだ早すぎた……のだが。
転がり始めた彼らの人生は、もう止まらないところまで来ていた。
***
「して、エーコ嬢。あの扉の前に仁王立ちする騎士は何者ですか?」
ひとしきり挨拶した後、年若い女竜騎士はそう尋ねた。
「あら、誰のこと?」
「銀の甲冑に身を包み、大きな剣を背負っておりましたが。どう見てもリンドブルムの者には見えませぬな」
「……もしかして」
エーコは颯爽と駆け出すと、玄関のドアを開いた。
―――やっぱり。
「あなた、スタイナーじゃない?」
目の下に隈を作ったかの騎士殿は、それでも頑固なまでに護衛を続けていた。
が、突然屋敷の主が顔を出したので、彼はぱっと畏まった。
「そうでありますが……あの、姫さまは?」
「昨日の夕方、ジタンと一緒に帰ったけど……」
「なんと!」
スタイナーは混乱状態に陥り、顔を赤くして憤慨した。
「あのサルめ!」
「今頃はリンドブルムも発っているかもしれないわ」
「おお、ジタンは不在でしたか」
と、女竜騎士もやってきて、少し残念そうに呟いた。
「そうよ、外側の大陸まで行く用事ができて、エーコとサラマンダーも一緒に行ったわ」
「それはまた、難儀なパーティで」
くすくす笑う竜騎士を、スタイナーはまじまじと見つめた。
「おぬしは……?」
「おお、申し遅れた。私はブルメシアの竜騎士、フライヤじゃ」
彼女はすらりと手を差し出した。
「おぬし、まさかとは思うがアデルバート・スタイナーの親戚ではあらぬか?」
「……いかにも。アデルバート・スタイナーは自分の祖父である」
「そうじゃったか!」
と、フライヤは楽しそうに目を和ませた。
「祖母から聞いておった通り、一直線な血筋と見える」
そして、彼女はエーコに向き直った。
「エーコ嬢、この御仁はジタンたちを追わねばならぬのですな?」
「そうなのよ」
と、エーコは肯いた。
「ちょうどよい、暇をしておったところじゃ。スタイナー、私も一緒に外側の大陸へ参ろう。アレクサンドリアの人間では、外の世界は不慣れじゃろうしな」
「そうね、それがいいわ。あなたがいてくれたらあの子たちも無茶しないでしょうし、安心だもの」
と、エーコ。
スタイナーは、自分が「外側の大陸」へ行かねばならぬところから理解していなかったが、わけもわからず押し切られた。
そしてその頃。
ジタン、ガーネット、サラマンダー、エーコのパーティは、リンドブルム地竜の門から北へ、半日ほど歩いたところにいた。
目の前には、怪しげな沼地。
しかし、老エーコ公女からもらった地図に描かれた経路を示す赤い線は、この沼地でぴたりと止まっており。
「……どうするよ」
「ちょっとジタン! おばあさまの地図を信用できないの?」
「そういうわけじゃないけどさぁ……」
ジタンは後ろ頭を掻いた。
「どうする? 例えば―――白くてでかい幽霊とかが住んでたら」
「ジタン、オバケが怖いの?」
と、首を傾げたのはガーネット。
「まっさか!」
思わずムキになったジタンにぼそり、と。
「―――どうだかな」
サラマンダーの合いの手。
「怖いわけないだろ、そんなもん!」
「じゃぁ、行きましょう」
ガーネットはさっきから自分にしがみついて離れないエーコの手を取り、沼地へ足を踏み出す。
ジタンとサラマンダーも顔を見合わせると、慌てて後を追った。
水の中を自由に泳ぎ回るおたまじゃくしが珍しいのか、ガーネットはエーコと並んで水溜りを覗き込んでいる。
「なかなか、勇気あるよな。大胆って言うかさ」
ジタンは側を飛び回るカエルを片手で捕まえてすぐに離す、という離れ業を繰り返しながら、小声で言った。
「世間を知らないだけだろう」
「ん〜、でも、あの世間知らずな感じがいいんだよなぁ」
ジタンはう〜ん、と両手を伸ばした。
サラマンダーは呆れ顔。
「相変わらずだな、お前は」
「へへっ、まぁな」
「いつまでもそんなじゃ、いつか痛い目を見るぞ」
「大丈夫、オレ悪運強いし」
と、立ち上がってピースサインしたジタンの背後に、ぬっと白い大きな影が見え、サラマンダーは面食らった表情になった。
ん? と振り向くジタン。
「あんたたち、誰アルね?」
と、白くてでっかい化け物は言った。
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