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「誘拐!?」
「ダガーがっスか?」
「ああ」
好都合にも、ブランク、マーカス、シナたちが全員揃っていた。バクーは一番遠くの椅子に座って黙って話を聞いている。
「班長の奥さんと間違えられたらしい」
「なんて運の悪い……」
「どっちにしろ誰かが誘拐されてたんだから、同じことだ」
ジタンが言うと、ブランクは片眉を上げた。
「で、そんな話を俺たちに持ち込んだ魂胆は? 極秘の話だ、バレたら首が飛ぶんだろ?」
ジタンはちらりとブランクを見て、肯いた。
「これはあくまでオレの勘なんだけど……たぶん、うちの班に内通者がいると思う」
「スパイか」
バクーが口を挟んだ。
「そう思う。何かが妙なんだ」
「なるほどな」
「もし、もっと大きな何かを仕掛けるつもりがあるのなら、ダガーたちが解放されないのも頷ける」
「切り札にはいい塩梅だな」
「だから、手伝って欲しい」
バクーが鼻を鳴らした。
「おめぇ、そんなことはいちいち頼まれなくたって当たりめえだ」
「ボス!」
「ダガーはタンタラスの一員と言ったっていいくれぇだ。そのダガーがふてぇ野郎に浚われたってのに、指咥えて見てるだけの俺たちじゃあねえぞ」
「もちろんだ」
ブランクも頷いた。
「それより、お前たちの仲間ならもっと他にもいるじゃねぇか。そっちにも協力を仰いだ方がいいんじゃないのか?」
「ここに来る前に、エーコに会ってきたんだ」
不意にジタンは口元に笑みを浮かべた。
「だから、もうすぐみんなここに集まってくると思う」
「へっ、手だけは早ぇこった」
バクーは立ち上がった。
「おし、お前ら。俺たちの使命はダガーとお嬢ちゃんを救い出してやること、それから」
「犯人グループをとっ捕まえること」
ジタンが口を添えると、全員が頷いた。
***
ガーネットはゆるりと目を開いた。頭がぼんやりして、今どこにいるのか俄かには分からなかった。
しかし、はっとして顔を上げる。暗い倉庫のようなところに閉じ込められているらしいと瞬時に判断できた。両手は縛られ、柱のようなものに胴を括り付けられていて、力を入れても動けそうにない。
ガーネットは更に辺りを見回す。すぐ側に、あの小さな女の子がぐったりと頭を垂れていた。
「大丈夫!?」
動かない身体を必死に動かして揺さぶると、少女は目を開けた。
「うーん……ママ?」
「良かった、気が付いたのね! 怪我はない?」
「ママはどこ?」
きょろきょろと辺りを見回し、ようやく自分たちの状況を知ると、少女は途端に涙声になった。
「ママぁ!」
「しっ、大丈夫よ。お姉ちゃんが必ずあなたを助けるからね。安心して」
「怖いよぉ」
「大丈夫よ」
まだべそべそとぐずっていたが、少女はとりあえず大人しくなった。
ガーネットは、どうしてこんなことになったのかを考えた。エアキャブの駅前で隣の少女と彼女の母親を待っていた。その時、背後から手が伸びてきて、何かで口元を覆われた……気がする。たぶん、薬品のような匂いがした。
としても、あんなに人通りの多いところで簡単にできることだろうか?
ガーネットは得体の知れぬ恐怖を感じた。もしかしたら、とんでもないことに巻き込まれたのではないだろうか。
「お目覚めか」
不意に背後で扉の軋む音がして、複数の足音が響いてきた。ガーネットは少女を庇いながら、できる限り首を廻らせて相手を見ようとした。
「おい」
リーダーらしき男が殊更低く不機嫌な声を出した。軽く屈むと、ガーネットの顎を掴み、真っ直ぐ顔を見据えられた。
「とちりやがったな。この女は違うぞ」
「え?」
側に控えていた男が、飛び上がらんばかりに反応した。
「あんた、このガキの姉ちゃんか?」
「いいえ」
「知らねぇガキか?」
「そんなはずはない、タウ」
不意に、一番遠くで他人事のように眺めていた男が口を挟んだ。
「その女は、誰かの女房には間違いない」
ガーネットは目を凝らしてその人物を見た。どうしてか、声に聞き覚えがあるような気がした。しかし、逆光で顔までは見えない。
「ふん。お前がそう言うなら信じるか」
タウと呼ばれたリーダー格の男が、やっとガーネットの顎から手を離した。
「最初に忠告しておくが、下手な抵抗はやめた方がいい。あんたが抵抗するようなら、まずこのガキを殺す」
ガーネットは喉の奥で悲鳴を噛み殺した。
「用が済んだら解放してやる。それまではここで大人しくしておくんだな」
盛大に睨みを利かせると、タウは数人の部下を引き連れて元の扉から出て行った。後には見張りが二人残った。
「二人とも災難だなぁ」
一人が気楽な調子でそう言った。
「俺たち、本当に手出しはしないからさ。暴れないでおくれよ」
ガーネットは相手を見た。人相は極悪人という感じではなく、むしろ気の良いはみ出し者、といった雰囲気だった。余程下っ端なのか、服装もまるでボロを纏っているようだった。
「あなたは?」
「俺はキー。で、こいつはニー」
不貞腐れたような無表情で座っていた隣の男が軽く頭を上げた。
「こっちは口が利けないけど、代わりに剣のスピードだけはピカイチだ」
ガーネットは恐々と見上げた。
「でも、女子供に手を上げる趣味はないんだよな、お前」
ニーと呼ばれた男は面白くなさそうにそっぽを向いた。
「これから事が片付くまで、俺たちがあんたたちの面倒を見るからさ。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
人好きしそうな顔で笑うと、キーはそう言った。
ガーネットも、とりあえず嫌われるのは得策ではないと、笑顔を見せた。
「キレェなお姉ちゃんだなぁ」
キーはデレっと口元を緩めた。しかし相棒に踵で蹴られ、唇を尖らせた。
「分かってるよぉ、変な気は起こさねぇって。これで旦那がいるんだもんなぁ。不平等な世の中だぜ」
とりあえず、すぐにでも危害を加えられるわけではないと分かると、ガーネットは肩の力を少し緩めた。
ガーネットにピタリと寄り添っている少女を見遣ると、彼女も顔を上げた。
「どこか痛いところはない?」
「うん」
「わたし、ダガーっていうの。名前聞いてもいい?」
「ケイト」
「きっとお父さんたちが助けに来てくれるから、それまで二人で頑張りましょうね」
ケイトは大人しく頷いた。
出会った頃のエーコと同じくらいの年頃だった。ジタンの職場のイベントか何かで一度会ったことがあるくらいで、顔見知りとまではいかなかった。それでも、今はお互いにお互いだけが頼りなのだ。
ガーネットは「事が片付くまで」と言ったキーの言葉を考えていた。タウと呼ばれたあの男も、「用が済んだら」と言った。
何が済んだら、と言うのだろう。何だか恐ろしいことが起こるのではないかと、ガーネットは懸念した。
それに、あの謎の男が言った「誰かの女房」という言葉。
それは、状況から言ってジタンがいる班のことを知っているということではないだろうか。むしろ、その班自体が目的であるかのような言い草だった。
ガーネットは、ジタンのことが酷く心配になった。
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