<7>



 ガーネットを抱きしめたまま、ジタンは部屋の隅へ駆け抜ける。短剣を抜いて彼女を縛っている縄を切り刻んだ。
「ニー!」
 ガーネットが悲鳴を上げた。
 その間、敵を引き付けてくれた彼は、ロブの剣に斬り捨てられようとしていた。
 とっさに、ジタンは右手のダガーを投げる。そんなことで彼の剣を交わせないことは、同じ班に居たジタンにはよく分かっていた、けれど。
 ガーネットの悲鳴が上がったのと、再び入り口のドアが荒々しく開け放たれ、プルート隊や仲間たちが駆け込んできたのは、ほぼ同時だった。


 ガーネットとエーコが二人がかりで回復魔法をかけ、ニーは一命を取り留めた。
 その間、男たちは一斉の捕り物を展開し、ボス以下二十数名を取り押さえた。
「ダガー」
 全てが終わったことに安堵し、座り込んでいたガーネットの側に、ジタンが寄り添った。
「怪我は?」
「大丈夫」
「うーそばっかり!」
 エーコがガーネットの右手を取った。
「ほら、エーコに見せて」
 彼女にガーネットを任せると、ジタンは捉えられた男たちを見据えた。
「お前ら、一体どういうつもりなんだ!? 愉快犯か? 政治の撹乱か?」
 タウがふん、と鼻を鳴らした。
「俺たちの目的はそんなことじゃねぇ。――言うなりゃ、クーデター。シド九世暗殺計画さ」
「何だと?」
「どこかに時限爆弾を仕掛けた。リンドブルム城の一つくらい吹き飛ばせるヤツをな」
 ジタンはタウの襟元を掴むと、壁に押え付けた。
「どこに仕掛けた」
「それは言えねぇな」
 鷲鼻から、卑下た笑いが漏れた。
「落ち着くのである、ジタン。我々プルート隊がすぐに吐かせる。心配無用である」
 スタイナーが腕に手を掛けると、ジタンはちらっと彼を見て、ようやくタウを開放した。
「間に合わないかもなぁ」
 ぼそりと、ロブが呟いた。
「それに、あいつは城一個で済むようなシロモノじゃないぜ」
「何……?」
「全部失くなればいいんだ。馬鹿げた街も、人も、全部な」
「ロブ……!」
 慌てたのはタウだった。
「話が違うじゃねぇか! リンドブルムの街が無くなっちまったら、俺たちの計画がご破算になるんだぞ。いや、それだけじゃねぇ。俺たちの計画そのものが無意味なものになる」
「俺は、あんたたちの計画なんぞに興味はない。興味を持っているものがあるとしたら――」
 その場の全員が、彼に注目していた。彼は注目を一身に受けながら、悪魔の言葉を呟いた。
「リンドブルム公国を、完全に滅亡させることだけだ」



***



「探せ! 城の中にあるはずだ!」
「全隊手分けして、どんな物陰も見逃さぬように!」
 リンドブルムの城内では大捜索が開始されていた。とは言え、かなりの部隊がダリ村応援に割かれていて人数が足りない。タンタラス一味とフライヤたちも捜索に加わっていた。
『ブランクさん、おられましたら至急無線室へお越しください!』
 城内放送で呼び出しが掛かり、ブランクは悪態を吐きながらその場所へ向かった。
「ジタンさんです」
 言われるまでもなく、無線機からは彼の声が盛大に鳴り響いていた。
「聞いてる、何だ。こっちは忙しいんだ」
『ブランクか? すぐにうちの班の詰め所に行け』
「詰め所だと?」
『あくまでオレの勘なんだが』
 ブランクは一瞬だけ考えを巡らせ、すぐに立ち上がった。
「ふむ。案外当たってるかも知れねぇぜ」
 賛同を受け、ジタンが僅かにほっとしたような気配がした。
『あっちにも無線機があるから、開線しておけよ』
「了解」
 途中、フライヤに遭遇し、訳を話すと一緒に行くと言った。
「何か手が必要なことがあるやも知れぬ」
 ブランクは軽く頷いて了承した。


 ジタンの班の詰め所はまるで嵐でも起こったかのように乱雑としていて、部外者の二人には何がどうなっているのか俄かには判別できないほどだった。
「どうなってんだ、こりゃ」
 ブランクは荷物を掻き分けながら無線機まで行き、ジタンに言われた通り開線した。
『あったか!?』
「まだ見てねぇよ。何だこりゃ、酷い荒れようだな」
『はは、誰も片付けないからな』
 ジタンが苦笑した。
「どこか心当たりの場所があるのではないのか、ジタン」
 フライヤが棚の向こう側を覗きながら呼びかけた。
『ああ。実は机の下に床下収納があるんだけど、怪しいって言ったらそこなんだ』
「机の下?」
 ブランクとフライヤが同時に覗き込んだ。
「これか」
 蓋を外す。
「何もないぞ」
『それ、二枚板になってるんだ』
 ブランクが鼻を鳴らし、爪先でちょいちょいと板を剥がした。
「……!」
 それを見て、フライヤは息を呑んだ。
「あったぜ、ジタン。やばいヤツが」
『本当か!?』
 床下に埋まったそれは、どうやってそこに埋めたのか分からない程にぎっしりと隙間なく埋まっていた。
「警備隊に連絡する」
『待て』
 ジタンが殊更大声で止めた。
『爆弾処理班、全員ダリに行っちまったんだ』
「……何じゃと!」
『今から連絡して、すぐにそっちに向かわせるから、それまでブランクに……』
 徐に、ブランクがそのカバーを外しにかかった。
「そんな悠長なことしてたら間に合わねぇぞ。あと40分もない」
『な……っ!』
 ジタンの後ろで何人かが悲鳴を上げたのが、ブランクとフライヤにも聞こえた。
「兎に角、リンドブルムの人間を全員避難させるのが先だ。その間にやってみる」
『できそうか?』
 カバーが外れると、ブランクの目の前にその中身が露となった。何本ものコードが絡まり合っていて、簡単な代物ではないことは一目瞭然だった。
「……やらなけりゃ仕方ねぇだろ。工具はどこだ」
『右の棚の上から三番目』
 フライヤが走って取って来る。
「おぬしは城の無線室へこのことを知らせるのじゃ。それからダリ村へ連絡して、処理班を急ぎこちらへ送って欲しい。恐らくあちらはダミーじゃ」
『了解。ブランク、無理すんなよ!』
 通信は切れた。無機質な砂嵐の音が小さく響き、ブランクは短く溜め息を吐いた。
「あんたも逃げた方がいいぜ」
「自らを犠牲にしておる人間を置いて逃げるなど、私にはできぬ」
 フライヤはそう答えた。







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