「『フェイル』っていうのはね、異国の言葉で『失敗』っていう意味なんだ」
彼は、口元に自嘲めいた笑みを浮かべ、そう呟いた。
「だからね、僕は『失敗』なんだよ」
彼の言葉に、私は首を振ることしか出来なかった。
Fale
<1>
劇場艇は、静かに雲の海を奔っていた。
タンタラス劇団、一年ぶりのアレクサンドリア公演。
昨年演じたお遊びのような舞台とは打って変わり、今回は責任ある役を任された舞台だ。
サファイアは、甲板に立って故郷の街並みを眺めた。
今年も変わらずに、故郷の街は彼女の帰還を歓んだ。
―――みんな、変わりはないだろうか?
サファイアは心の中で呟いた。
母は、相変わらず美しいのだろうか?
姉は、幸せそうにしているだろうか?
兄は……
「ダイアンには、この世の闇を背負わせたかもしれない」
ある日、父がそう言った。
―――夏になれば、兄は戦争に行く。
あの、誰よりも優しく、誰よりも気高い兄が。
「サフィー」
ジェフリーが船室の戸を開け、彼女を呼んだ。
「そろそろ、ミーティングが始まるぜ」
「……うん」
サファイアは振り向いて、淡く微笑んだ。
その表情に、ジェフリーは心配顔で歩み寄る。
「どうした?」
「なんでもないよ」
「プレッシャー感じてる?」
「……えへへ」
サファイアは小さく笑った。
不意に、暖かい腕に抱き寄せられる。
「大丈夫だよ、全部上手くいく」
―――全部?
サファイアは風に攫われるほど小さな声で呟いた。
「ああ。何もかも、全部な」
「……そうだね」
繊細な笑みを浮かべるその瞳を、ジェフリーはじっと見つめた。
大人になっていく。
毎日毎日、彼女は大人に近づいていく。
それは、止めることの出来ない時計の針のように、日ごと夜ごと進んでしまう。
彼には、止まることを望むことすら許されなかった。
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