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「サフィー、手紙が来てるずら!」
 ラリが戸口でヒラヒラと示した封筒には、見慣れた手蹟で自分の名が記されていた。
「誰からだ?」
 と、ジェフリー。
「男ずら」
 ラリは駆け寄ってきたサファイアに目配せしてから、鹿爪らしい表情でそう答える。
 案の定、ジェフリーはガタンッと椅子から立ち上がった。
 一瞬、封筒に目をやる。
 上質そうな白い封筒に、さらさらと流れる筆跡。
 ―――余程いい家の男らしい。
 小さく、深呼吸。
 ジェフリーは再び椅子を引いて、腰掛けた。
「あ、そう。男ね」
 大騒ぎを期待して集まっていた一団は、期待が外れてがっかりし、元の持ち場に戻っていった。
「どうしたずら、ジェフリー。らしくないずら」
 サファイアに封筒を渡してから、ラリはジェフリーの隣に腰掛けた。
 ジェフリーはちらっとサファイアに目をやり、ため息をつく。
「……兄貴だろ?」
「―――ますますらしくないずら」
「あいつの顔見ればわかんだよ」
 ジェフリーは不機嫌そうに言った。



 手紙には、通り一遍の挨拶と、近況報告と、こちらの様子を尋ねる言葉が書いてあるだけで、サファイアの気分を軽くする物は何一つ書いてなかった。
 ただ、たった一行だけ。
 「最近随分寒くなったけど、よく眠れているかな?」
 喉元に引っかかった。



***



 信じられないスピードで伸びてくる魔物の触手。
 あと一歩で自分の首を締め上げようというところで、ギラリと光る銀の光が、その根元から断ち切る。
「ダイアン王子!」
 誰かが彼を呼ぶ。
 でも、後ずさることも、背を向けて走ることも出来ない。
 背中をつっと冷たいものが流れ落ち、体中総毛立って、剣を握り締めた両手が小刻みに震えるのを止められなかった。
 一歩足を踏み外せば、この身体は永遠に闇の中に放り出されるのだと、彼は回らぬ頭の中で感じた。
 そこここで弾ける赤い飛沫。
 人のものなのか、魔物のものなのか。
 誰のものなのか……自分のものなのか。
 何もかもが、まるで靄の向こうで起こっている、遠い遠い出来事のようにしか見えなかった。
 でも、間違いなく、自分はその中心―――次の瞬間の生さえも保証されない戦場にいるのだ。
 鉄と埃と腐敗の臭いに満ちた、この場所に。
 また、誰かが倒れた―――




 小さく息を吐き、ダイアンは寝台に起き上がった。
 夜は、不思議なほど静かに、ゆっくりと流れていた。
 ここでは、誰も苦痛の悲鳴を上げない。
 ここでは、誰も血の涙を流さない。
 それなのに、身体に染み付いた戦場の臭いは、いつまでもいつまでも彼を苦しめた。

 ―――自分が斬った魔物にだって、帰る家があったかもしれない。あるいは、子がいたかもしれない。
 彼らが何をしたというのだろうか?  自分たちに、その命を奪う権利はあったのか?

 両手の中に顔を埋め、叫びたい衝動を堪える。
 息が詰まって、苦しかった。
 このまま息を詰めていれば、楽になれるだろうか、と。恐ろしい考えが一瞬頭を掠め、ダイアンはまだ顔を埋めたまま、一人頭を振った。


 夜は、もどかしいほどゆっくりと過ぎていった。









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