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母の部屋に呼ばれたのは、それから数日後のことだった。
爽やかに晴れた気持ちの良い午後で、ダイアンは二、三回軽くノックしてから、穏やかにその戸を開けた。
部屋には母の他に、内務大臣と若い女性がいた。
ダイアンの表情は少し曇った。
「失礼いたします、母上」
「いらっしゃい、ダイアン。紹介するわ」
にこやかに微笑む妹くらいの年恰好のその人は、大臣の姪だという。
ダイアンの表情はますます硬くなっていった。
「今日は伯父様を訪ねて、ちょうどトレノから遊びにいらしていたのよ。それで、あなたにお城の案内をしてもらおうと思って」
母はゆっくりと話した。
子供の頃から、どんな悪戯をしても叱ったことのない母。
でも、何かを悟らせようとする時には、こんな風にゆっくりと静かな物言いをするのだ。
ダイアンは母を見た。彼の瞳は、険しい色を秘めていた。ガーネットがその色に気付かないはずはなかったが、彼女はさらりと流した。
やがて、ダイアンは微笑んで頷いた。
「わかりました。私がご案内します」
「ありがとう」
ガーネットも微笑んだ。
***
「ご迷惑ではなかったですか?」
「まさか。こんな美しいご婦人と連れ立って歩くことができて、光栄です」
「まぁ、お上手」
少女はクスクスと笑った。
ダイアンも微笑んで見せたが、心中はあまり穏やかではなかった。
ここが礼拝堂だ、ここが演劇の舞台だ、ここが船着場だ、と案内し、やがて薔薇園までやってきた時。
「アレクサンドリアは、本当に綺麗な街ですわ」
彼女はそう言った。
「昔、ガーネット女王様がご苦労されて、ようやく今の美しい街をお造りになったと伺ったことがあります」
「ええ」
と、ダイアンは短く相槌を打つ。
「ダイアン様は、この街をお好きですの?」
「好きですよ」
「お生まれになったところだから?」
「そうかもしれません」
「私は、トレノの街はあまり好きではありませんわ」
彼女はため息を吐いた。
「こんなに綺麗な街に生まれていたなら、私も故郷の街を好きになれたかもしれませんけれど」
ダイアンは黙っていた。
「アレクサンドリアの街を、第二の故郷と呼んでもよろしいかしら?」
「さぁ、いいんじゃないですか?」
「他人事のようにおっしゃるのね」
「私には関わりのないことですから」
彼女は少し機嫌を損ねた顔をした。
「関わりはあると思います」
気を取り直したように、呟く。
「伯父が申しておりました。ダイアン様はまだ、奥方になられる方をお決めでないと」
隣の少年がぎゅっと拳を握り締めたのに、彼女は気付かなかった。
「私たち、上手くやっていかれると思いませんか?」
「どうでしょう」
「王位を継承されないとしても、ダイアン様は内政外政に関わられるのでしょう? でしたら、私のような家柄の者がお傍にいれば、きっと重宝されると思いますわ」
「そうかもしれませんね」
言葉とは裏腹に、ダイアンは深々と息を吐いた。
「こういうお話には、うんざりされてらっしゃるのね」
「していますね、些か」
「お好きな方がいらっしゃるの?」
「いると言ったら諦めてくれますか?」
「お相手にもよりますわ」
ダイアンは笑った。
まるで、二度と這い上がれない深い井戸の穴に落ちた人間が、もう生きて帰ることを諦めたような笑い方で。
「あなたは、頭の良い方です」
ダイアンはまだ笑いながらそう言った。
「それならおわかりでしょうが、私には何もありません。地位も名誉も、資産もありません。あなたが私と結婚したところで、今のあなたのような裕福な生活は望めないでしょう。貧しい、惨めな暮らしが待っているだけです」
「まさかそんな……」
「いえ、国王の子というのは、そういうものなのです」
ダイアンはにっこり笑った。
「だから、あなたが欲しい物を手に入れたいなら、私ではない他の誰かを当たられることです」
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