<6>



「ダイアン」
「言葉が過ぎました、母上。お許し下さい」
「あなたは、いつからそんなに意地悪な子になったの?」
「申し訳ありません」
「謝りなさいって言ってるんじゃないわ。いつからそうなったのか聞いてるのよ?」
「私にもわかりません」
 母の鈍色の瞳は、悲しそうに曇った。
 それを見たダイアンは余計に居たたまれなくなって、唇を噛み締めて俯いた。
 母を悲しませたり、失望させるのは嫌だった。
「あなたを……」
 と言いかけたきり、ガーネットは押し黙った。
「何ですか、母上」
 母はじっと息子の顔を見ると、やがて目を閉じた。
 昇ったばかりの月の光が、母の顔を青白く染めている。
 彫刻の女神だって、これほどに美しくはないだろう。
 苦渋に満ちた表情は、息子の胸をこれでもかというほどに痛めた。
「……あなたを」
 やがて、ガーネットは再び口を開いた。
「追い詰めたのは、わたしね」
 閉じた瞼から、一粒ガラス玉のような涙が零れ落ちる。
「母上……」
「ごめんなさいね、ダイアン」
 声色は穏やかなままに、母は泣いた。
「ごめんなさい……」
 結局、苦しめるのだ。
 この世に自分が生きる限り、父を、母を、家族を。大事な人たちを、自分は苦しめるのだ。
 ダイアンは、母の部屋を飛び出した。



 人は、追い込まれたら高い所へ逃げるというのは本当なのだろう。
 ダイアンは塔の天辺で月を眺めた。
 赤い月は、お転婆な妹を。
 青い月は、優しい姉を。
 自分を守る月は、この世にはない。
 例えれば、紫の月でもあればまだ慰みになったかもしれないのに。
 ダイアンは身を乗り出した。
 じっと、暗い空間を見つめる。
 一歩足を踏み外せば、堕ちると思った暗闇。
 落ちれば楽になったのだろうか。
 自分を守るために死んでいった兵士たちは、何のためにあの暗闇へ堕ちたのだろう?
 風が激しく唸り声を上げ、薄茶色の髪を弄っていった。
 やがて、ダイアンは首根っこを掴まれて現実に引き戻された。









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