Lullaby



 甲板で夜空を見上げているフライヤに気付いて、ちょうど通りかかったサラマンダーも外へ出た。
 一夜の休息を取るため、インビンシブルは低地に停留していた。だから、ここからでは霧が邪魔して月も星も見えない。ただただ暗いだけの、闇の夜空。
「静かじゃな」
 フライヤは空を見上げたまま、そう呟いて小さく息を吐いた。
 なるほど、吐いた息の微かな音さえ、夜の闇に響き渡りそうなほど静かな夜だった。
「みなはもう床へ入ったのか」
「そうでなけりゃ、こんなに静かなわけねぇだろ」
 サラマンダーは呆れたように、そう指摘した。
「それはそうじゃ」
 フライヤが笑う。冷たい霧が、銀色の髪を弄って吹き抜けていった。
 サラマンダーは徐に、懐から煙草を取り出した。窺うようにちらりとフライヤを見ると、彼女は可笑しそうに目を細める。
「おぬしも、なかなか苦労するのう」
 冗談めいたその言葉に、サラマンダーは軽く肩を竦めただけだった。
「子供たちの前では吸わぬと決めたのか?」
「あんたが言ったんだろう、煙が毒だと」
「我慢できるのならいっそ止めてしまえばよいものを」
 フライヤがそう言って笑うと、サラマンダーは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「エーコは最近、おぬしによう懐いておるな」
 フライヤが話を振る。
 その通りだった。「どーっしても!」と言われ、さっき寝かしつけてきたのはその少女だった。寝かしつけて――とは言っても、彼女が言うとおりに毛布で包んでやって、眠りに落ちるまで隣に座っていただけだったが。
「絵本は読んでやったのか?」
「……冗談じゃねぇ」
 フライヤはクスリと笑った。
「おぬしもその風体ながら、なかなか人が好いのじゃな。子供とは正直なものじゃ」
 サラマンダーは苦々しげに煙を吐いた。
 フライヤも、夜空に向かって息を吐いた。そのまま、彼女はしばらく黙っていた。
 闇夜に二つ分の沈黙が流れる。
 本当に静かな夜だ。何かが始まろうとしていることを、嫌というほど知らしめてくれる。
「どうした、ものかのう……」
 やがて、フライヤが小さく呟いた。
 霧はますます濃く、最早一刻の猶予もないのだと告げていた。
「連れて行くんだろうが」
 サラマンダーが言うと、フライヤは曖昧な顔で振り向いた。
「あいつだって、召喚士の端くれだ。落とし前は自分の手で付けたいだろ」
「それはそうじゃが、な」
「俺は」
 もう一度煙を吐いて、サラマンダーは言葉を続けた。
「あんたらのやってることはままごとだと思っていた。子供連れで何をちんたら遊んでいるのかとな」
 フライヤが自嘲気味に笑った。
「今も、そう思ってる。何を甘いことやってるのかと。だが、今はあいつらを置いて行こうとは思わねぇ。自分のことには自分で決着を付ける。ガキでも何でも、それが当然の権利で、義務だ」
 落ちかけた灰を軽く払って、再び銜える。ジリジリと先端が焼け、赤い光を放った。
「そうじゃな」
 フライヤは小さく肯定した。
「おぬしがそのように言うとは思わなんだが……尤もな意見やもしれぬ」
 まだ迷っている。サラマンダーはそう思った。彼女が何を迷っているのか――今の彼ならばよく理解できた。あの小さなか弱い子供たちを、明日の命も知れぬ場所へ連れてなど行きたくないのだ。
「無事に帰れりゃ何の問題もねぇ。俺とあんたにできるのは、白を黒に変えてでも、あいつらを無事に帰すことだけだ」
 その惑いを払拭しようと思って言った訳ではなかった。たぶん、彼女の惑いは正解だから。
「白を黒に、か。おぬしらしい」
 フライヤはふふ、と笑った。
「私はおぬしこそ不思議じゃ。何故共に参る気になったのじゃ」
 突然の問いに、サラマンダーは気まずそうな顔をして黙り込んだ。
「命を賭すのじゃぞ、生半可な決心ではなかろう。共に行く気だと分かった時は、どのような心境の変化かと思うたぞ」
「……最後まで見なけりゃ気が済まねぇ、そう思っただけだ」
「それだけか?」
 フライヤは面白そうにサラマンダーの顔を覗き込んだ。
「あんただって、関係ないのに行くんだろうが」
「関係ないことはない。仲間とは一蓮托生。運命を共にするものじゃ」
「――なら、いちいち訊くな」
 フライヤはまた笑った。この男はどうにも不器用なのだ――孤独の中で生き抜いてきたが故に。
 この仲間たちに、孤独を知らない者はない。
 みな、何某かの寂寥を抱えて生きてきた。
 だから、身を寄せ合える。支え合える。思い遣れる。
 フライヤは、改めてそう思った。
「エーコが言うておった。自分とサラマンダーは同じ匂いがするのだと」
 どこをどう取ったら乳臭い子供と同じ匂いになるのかと、サラマンダーが脱力する。
「だから、エーコはおぬしが好きなのだそうじゃ」
「……嬉かねぇがな」
「そう言うな。可愛い子ではないか」
 フライヤは相変わらず、面白そうにサラマンダーを見ていた。





-Fin-







以前に頂いたバトンの罰ゲーム(笑)ということで、サラフラです!
実はサラフラ好きです! うちは設定がフラフラでサラニなのであんまり絡んでくれないのですが。。
この二人って、カップルとしても素敵だけど、単純に仲間としても素敵だなぁと思います。
フライヤはサラマンダーに色々相談していたみたいだし。

万田といったらエコでしょう、ということで、エコたんもたくさん話題に出してみました(笑)
エコたんを寝かしつけてあげる万田パパ…萌ゆるv(爆)
2009.7.30




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