千の風になって




「ビビー? ビビってばどこにいるの!?」
 と、元気な声が黒魔道士の村に響き渡って、クロネコ屋で新しい小物の開発を手伝っていたビビは、思わずビックリして顔を上げた。
「行っておいでよ」
 192号がにっこりと笑った。
「でも……」
「こっちは大丈夫、何も急ぐことはないんだし」
 そう言われて、ビビは両手で帽子を引っ張って、小さく頷いた。


 ―――急ぐことは、あったのだけれど。


 元気な呼び声は村中を駆け回っていて、ビビはその後を追い回してヘトヘトになってしまった。
「もう! どこに行ったかと思ったじゃない!」
 ようやく会えたエーコは、腰に手を当ててそう怒鳴った。
 マダイン・サリから、エーコはよくこの村へ遊びにやって来た。
 そして、必ず一番にビビを探した。彼がいつも通り、元気に歩いてやって来ると、彼女はいつも少しほっとしたような顔になった。
 その顔を見る度に、ビビは胸の奥の方をきゅっと掴まれたような気持ちがした。
「クロネコ屋でお手伝いをしてたんだ」
「それならそうと早く言いなさいよ!」
 ビビにそれを伝える機会は全くなかったのだが、どうしてか責められると「ごめん……」と謝ってしまうのだった。


 一度、ビビはエーコに「この村にお引越ししたら?」と提案したことがあった。
 マダイン・サリで一人暮らすには、エーコはまだ幼すぎるから、と。
 一人で黒魔道士の村まで来るのだって、楽な道のりではない。ビビはそのことを心配していた。
「バカ言わないでよ! エーコの家はマダイン・サリなのよ。召喚壁も守らなきゃならないし、モーグリたちの世話は誰がするの?」
「でも……一人ぼっちで危ないよ」
「一人じゃないわよ! モチャもモコもチモモもモーネルもモリスンもいるんだから!」
 エーコはムキになってそう言い返した。


 エーコが平気な振りをしているのはわかっていた。
 けれど、ビビが止まってしまうのを隣で見届けるのを恐れていることもわかっていた。
 ビビは上手くエーコを丸め込めず、結局彼女は今も一人マダイン・サリで暮らしていた。
 そして、コンデヤ・パタで買い物をする時には、必ず黒魔道士の村まで足を伸ばすのだった。



***



「大変クポ! マダイン・サリで大事件だクポ!」
 と、黒魔道士の村のモーグリがビビの元に駆けつけてきたのは、エーコが村へ帰って数日後のことだった。
「何でも、大きな大きな船が泊まってるって話だクポ! また悪いヤツが来たクポ?」
「え……?」
 ビビは持っていたトマトを全部取り落とし、隣の黒魔道士が「わー!」と叫んで、慌ててそれを拾い上げた。
 ビビの脳裏には、はっきりとインビンシブルが浮かんでいた―――マダイン・サリを滅ぼした、あの飛空艇の姿が。
「ど、どうしよう!」
 ビビは精一杯走って、ミコトの小屋へ行った。
「ミコト!」
 彼女は訝しげな顔をして振り向いた。
「何かあったの?」
「エーコが……エーコが!」
「エーコがどうしたの?」
「と、とにかくボク、マダイン・サリへ行ってこなきゃ……!」
 そう叫ぶと、杖を掴んで、ビビは再び小屋を飛び出した。


 マダイン・サリには本当に大きな飛空艇が停泊していたが、ビビの考えていた飛空艇とは違う船だった。
「……ヒルダガルデ3号? どうしてここに……」
 ビビが村へ入ると、モーグリが一匹、文字通り飛んできた。
 そして、聞かないうちから事情を説明してくれた。


「エーコ」
 隠し部屋に閉じこもってしまった彼女のところへ、ビビはぽてぽてと歩いて行った。
 ―――リンドブルムのシド大公が、エーコを養女にしたいと言っている。
 モリスンは、そう教えてくれたのだった。
 「でも、エーコは嫌だと言って聞かないのですクポ」
 彼は、困ったような顔でそう言った。
「……いいお話なのに」
「どうしてそんなこと言うの」
 部屋の奥で膝を抱えて座り込んだまま、エーコは機嫌の悪そうな声でそう言った。
「だって、リンドブルムのお城に住めるんだよ。エーコはお城に住んでみたいって言ってたでしょ?」
「エーコはどこにも行きたくないもん」
 ますます不機嫌な声で、彼女はそう呟いた。
「ここにはお父さんとお母さんのお墓もあるし、おじいさんのお墓もあるんだもん。エーコが守っていかなくちゃ、他に誰が守るって言うの?」
「でも、ボクはエーコに幸せになって欲しいんだよ」
 ビビは珍しく食い下がった。
「家族ができるなんて、素敵なことだと思うよ。エーコのことを、ずっと守ってくれるんだよ」
「何よ、ビビはエーコに会えなくなっちゃってもいいってわけ?」
 エーコは立ち上がって叫んだ。
「リンドブルムなんて、すごーく遠いんだから! 今みたいに、簡単に会いに行ってあげられないんだからね!」
「わかってるよ」
 ビビは小さく頷いた。
「でも、ボクはエーコと、この先ずっと一緒にいられるわけじゃないから……」
「ビビ! バカなこと言わないでよ!」
「バカなことなんかじゃないよ……エーコも見たでしょ? 仲間たちはみんな、どんどん止まってる」
「でも……!」
「ずっと一緒にはいられないんだ」
「嫌よ!」
 エーコは激しく頭を振った。
「嫌よそんなの!!」
「ボクは、エーコと一緒に大人にはなれないんだよ」
「ビビ……!」
「ごめんね、エーコ」



***



 エーコはリンドブルムへ行き、黒魔道士の村ではたくさんの黒魔道士たちが止まり、また、たくさんの新しい命が生まれた。


 ビビは、結局何も言わずに空へ還ってしまった。
 誰にも、別れの言葉さえ言わせなかった。


 どうして、エーコの大切な人はみんな、エーコの元から去って行ってしまうの?
 どうして、エーコの大切な人はみんな、エーコのことを置いて行ってしまうの?


 大切な人なんか、もう欲しくない。
 また失くしてしまうことを考えたら、そんなもの怖くて手に入れたいと思わないの。


                 *


 エーコは、黒魔道士の村の小さな丘の上にいた。
 季節を間違って咲いたチューリップがピンク色の花を風に揺らし、そんな風景は、誰かを失った後とは思えないほど、ひどく穏やかだった。
 エーコは、思い出したのだ。
 ビビが死んでしまうずっと前、この場所で、彼が言ったこと。
 その日、ビビはエーコをこの場所に呼び出して、大切そうに小さな箱を示した。
「ここには、ボクが一番大切にしているものが入ってるんだ」
 彼は、そう言ったのだった。
「大切なもの?」
「うん。一番、大切なものだよ」
 もう一度確かめるように言うと、土に掘った穴に箱をそっと置いて、上から土を被せた。
「もしこの箱が必要な時があったら、エーコが開けていいからね」
「お金だったら要らないわよ。言っとくけど、エーコはリンドブルムの公女サマになるんだから」
「わかってるよ……お金じゃないんだ。ボクにとっては、もっともっと大切なものなんだ」
「何なのよ、何だかわからなかったら必要かどうかわからないじゃない」
「……それならいいんだ。必要かどうかわからなかったら、開けなくていいの」
 完全に土を被せてしまうと、ビビはもう一度ポンポンと土を叩いてから、側に花の球根を植えた。
「これ、エーコの好きなピンクのチューリップが咲くから。きっとすぐにわかるよ」
「一体何なのよ! もう!」
「いいんだよ、忘れちゃったらそれでいいんだ」
 ビビは立ち上がると、エーコを見た。金色の瞳は微笑んでいて、ほんの少し寂しげな色をしていた。
 エーコはどうしてか、喉が詰まって何も言えなかった。


 その箱が必要な時が来るなんて、ちっとも思いつかなかったの。
 だって、その箱に何が入っているのか、あんたは結局教えてくれなかったんだもの。


 満開のチューリップの下を、エーコは掘り返していた。
 少し掘ると小さな箱が指先に触れて、エーコはそれをそっと取り上げた。箱は、土の湿り気を吸って陰気な色をしていた。
 何が入っているのだろう?
 恐る恐る蓋を開けると、小さな白い封筒が一通だけ出てきた。
「……これだけ?」
 手に付いた土を払ってから、エーコは封筒を開けてみた。
 便せんが一枚だけ入っていて、そこにはこんな風に書いてあったのだった。


                 *


エーコへ

 この手紙を読んでいるということは、エーコがこの手紙を必要としているということなんだと思います。
 ボクは、できればこの手紙が必要にならなければいいって思っているけれど、でも、もし必要になった時の為に、今は一生懸命書いています。

 エーコに、一つだけお願いがあるの。
 どうか泣かないで欲しいってこと。
 だって、ボクは本当は死んでなんかいないんだよ。

 今日も村には風が吹いているでしょう?
 ボクの魂はその風に乗って、きっとエーコのすぐ側を吹いているんだよ。
 初雪が降ったら、よく目を凝らして見てみて。
 ボクは、雪の上からエーコにきらりと目配せするから。
 きっと鳥にだってなれるよ。鳥になって、エーコの側まで飛んでいける。
 ほらね、ボクはお墓で眠ってなんかいないでしょう?

 エーコが生きている限り、ボクもエーコの心の中でずっと生き続けることができるって、ボクはそう思うんだ。
 だから、エーコ。泣いたりしないで。


 ボクは、いつもキミの側にいるから。



-Fin-







3月お誕生日祭に便乗して、ビビエコを書いてみましたー!
先日「うちで扱ってないカップリングはない」と豪語した私に、某人が言った言葉。

     「ビビエコないじゃん」

…煤I!!
ということで、いつかビビでやってみたかった、「千の風になって」の詩とコラボした文章を書いてみました。
私には原詩の英詩の方が馴染みがあるんですが…新井満さんの訳詩もホント素敵なのです。
紅白でテノール歌手の方が歌ったことで一躍有名になりましたよね。
その前からビビの話で使ってみたいと思ってたのは私です…!(笑)

ということで、詠み人知らずの「Do not stand at my grave and weep」を最後にお送りして、お別れしたいと思います(笑)
私の訳文付きです。つたなくてすいません(^^;)


            *


Do not stand at my grave and weep.
(私のお墓で泣かないでください。)
I am not there, I do not sleep.
(私はそこにはいない、眠ってはいないのです。)
I am a thousand winds that blow,
(どこまでもどこまでも吹き抜けてゆく千尋の風に、)
I am the diamond glints on snow,
(雪の上できらりと目配せするダイアモンドに、)
I am the sunlight on ripened grain.
(豊かな麦の穂に降り注ぐ陽の光に、)
I am the gentle Autumn rain.
(そして、優しい秋の雨に、私は溶けて、混ざり合っているのです。)

When you awake in the morning hush,
(あなたが朝の静けさの中で目を覚ました時、)
I am the swift uplifting rush of quiet birds in circling flight.
(私は、鳥たちに運ばれ空へ駆け上がり、)
I am the soft starlight at night.
(柔らかな星の光となって、やがて夜を照らすでしょう。)

Do not stand at my grave and weep.
(だから、私のお墓で泣かないでください。)
I am not there, I do not sleep.
(私はそこにはいない、眠ってなどいないのですから。)

2007.3.24






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