ひゅうひゅうと、頼りなく鳴る笛音のような風が石造りの村を吹き抜けていく。 物音は全て冷えすぎた夜気に吸い込まれ、風の音以外何も聞こえない。 そう、聞こえるのは乾いた冬の風と、その音に掻き消されそうなほど弱い産声、だけだった。 君が生まれた日 赤ん坊の父親が産屋の戸を引くと、産婆が一人、慌てた様子で駆け出して行った。 肩が触れた瞬間、彼はほんの少し眉を顰めた。 この村には、お産を忌み事とする風潮が今でも根強く残っているのだ。 澱んだ空気の中、彼の妻が身も世もなくすすり泣いていた。 ……産占の結果が良くなかったようだ。 彼は、冷えた外気に似た声色で、泣くな、と一言命じた。 妻はびくりと肩を震わせたが、泣きやむことはなかった。 その傍らに眠る、白い布に包まれた赤子。 抜けるほど白い肌に黒い髪。 ……女か。 年嵩の産婆が恭しくお辞儀し、産占の報告をした。 波乱。星を背負う。暗闇。紅い光。さまよう影。別離。 産婆が口を閉じると同時に、彼の妻がさらに嗚咽を漏らした。 ――静かにしろ。 忌々しげに言うと、彼は産屋を去る。 閉ざした扉の向こうから、産むんじゃなかった、という叫び声が聞こえた。 ようやく産まれた命に、あまりにも無惨な言葉。 しかし。 村を陥れる存在が産まれるというあの占示が本当なら、それは我が子ということになる。 十六月の夜に産まれる、黒髪の女児。 深い溜め息を吐く。 あの子は、この村に不幸を呼ぶ。 きっと、命を狙われる。 守ってやらねば。 占師が歩み寄ってきた。 ――何だ。 ――ご息女の産占のことですが。 ――産婆から聞いたが。 ――もう一つ、気になることが。 占師は勿体つけるように息を吐き、小声で囁いた。 ――ご息女と、強く引き合う存在が一つ。 ――引き合う? ――はい。運命の流れがある時点から一つに繋がるような、そのような引き合い方です。 意味が掴めず、彼はしばし黙り込んだ。 ――それは、どの様な存在なのだ。 ――この星を脅かす存在、とでも申しておきましょうか。 ――脅かす、存在……? 娘とどう関係が…… 占師の含んだような微笑に、彼は口を閉じきった。 つまりは。 あの子がこの星を脅かすと言いたいのか。 ――よくわかった。心に留めておこう。 十六夜の月が紅く闇を照らす。 紅い光…… 『波乱。星を背負う。暗闇。紅い光。さまよう影。別離。』 紅い、光。 産屋に戻ると、妻は泣き濡れた瞳で恨みがましく彼を見た。 産婆は席をはずしているようだ。 ――ジェーン。 彼は静かに妻の名を呼んだ。 ――親の務めだ。その子を守らなければならない、何があっても。 ――はい。 彼女は答えた。 ――命を懸けて、守り通してやらねば。 ――はい。 既に、返事の声色には感情の欠片もなかった。 ――セーラ、と名付けた。海の者、という意味だ。 ――ありがとうございます。 ――もし…… そこで、ふと言葉が途切れる。 ――あなた? ――もし、この村に何かあったときは海へ逃げろ。お前たちだけで生き延びるんだ。 彼女は瞬間、息を呑んだ。 ――あなた、何をおっしゃって…… ――これから先、何が起こるのかは私にもわからない。しかし、この子には生き延びて欲しいのだ。 数度瞬きすると、彼女は息を吐いた。 ――あなたも、一緒に。 ――いや。それは出来ないだろう、恐らく。 赤ん坊が微かな泣き声を上げ、夫の手前、焦燥した彼女はその子を抱き上げた。 ずっと握り締めていた赤ん坊の手がゆるりと開き。 握り締められていた小さな赤い石が、ポロリと落ちた。 ――ガーネット? 母親は、驚愕して呟いた。 ――あなた、この子は…… ガラリ、と戸が開き、産婆が部屋へと入ってくる。 彼は落ちた石を素早く拾い上げ、再び産屋を去っていった。 ガーネットの小石を握り締めて生まれたものは、 バハムートを召喚する。 あの子は、この星を背負った運命――― ひゅうひゅうと、頼りなく鳴る笛音のような風が石造りの村を吹き抜けていく。 物音は全て冷えすぎた夜気に吸い込まれ、風の音以外何も聞こえない。 そう、聞こえるのは乾いた冬の風と、その音に掻き消されそうなほど弱い産声、だけだった。 -Fin- 朋友緋焔女史の○十○回目(何)の誕生日を祝う(い、祝えてる?)小説でした。 今日は君の生まれた日ですよ、緋焔氏(笑) はっきり言って人の誕生日を祝うのにこれほどそぐわない小説もない気がするのですが・・・ しかも、お産が忌み事ってあんた(^^;) 本人承諾済みなので、ま、いいかv(ぉぃ) と言うことで、誕生日つながり。ダガーの生まれた日、です。 なんか背景が吹雪みたいになっちゃったな・・・なかなかイメージに合うものがなくて。 1月だから冬だし、これでいっすよね(^^;) 彼女の産みの母が最初に彼女にかけた言葉が「ガーネット?」だった、というお話(違) 暗いなぁ・・・せいは元々暗シリアスが作風だったのですが、ある時からノリ作風になったのでした。 緋焔女史とサークルやってた頃は暗シリアス作風だったよね、私(笑) 緋焔女史、○十○回目の誕生日、おめでとうv 心から、お祝いの気持ちを込めて贈ります♪ 2002.11.11
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