Tantalus' Panic! 1807     〜Sooner〜



<1>


「なぁ〜なぁ〜、ええやんか〜。一緒に行ってくれても〜」
 ルビィ姐さんが珍しく甘えた声を出したので、アジトにいたタンタラスのメンツは、新聞やら本やらカードゲームやらから(台本読め! byボス)、一斉に顔を上げた。
 ルビィが小走りに追いかけるのは、赤毛の男、ブランク。
「……行きたいなら勝手に行けよ」
「ひどぉ〜! ブランクのケチ! アホ! マヌケ! トンマ!」
「あ〜、うるせぇ……」
「せやかて、今度新しくできた遊園地、二人で行ったら幸せになれるって噂なんやもん! 行きたい行きたい〜っ!」
「いいじゃん、行ってやれば」
 と、ジタンが言うと。
「お前、こいつを何だと思ってるんだよ」
 ブランクは顔を顰めた。
「何って、ルビィはルビィだろ? なぁ、マーカス」
「まぁ、そうっスよね。シナさん?」
「ルビィにしか見えないずら。問題ないずら」
「大有りだ!」
 バシンッ、とテーブルを叩く兄キ。
「こいつは今な、妊婦なんだよ、妊婦!」
 ……しかも、臨月間近である。
「妊婦は遊園地行ったらあかんわけぇ?」
 とルビィが澄まして尋ねる。
「決まってるだろうが。お前には常識ってもんがないのか!」
 言えば言うほど、ブランクはどんどん不機嫌そうな顔になる。
 本来ならここでムッカーっとくるのだが、何せ今は臨月間近。
 身も重いし、どことなく気分も優れないので、いつものようにやり合う気力が出ない。
 だから、気晴らしにでも、って思ったのに……。
「……わかったわ。ブランクは、うちと幸せになんてなりたないねんな……」
 ルビィは涙目になった。
「なっ―――んなわけないだろっ。ただ、俺はお前を……」
「ええよもう」
 ルビィはとぼとぼと部屋へ戻っていった。
「あ〜ぁあ。ブランク、あれは根に持つぞ〜」
 ジタンがお軽い調子で囃す。
「冗談じゃねぇよ。遊園地なんて連れて行けるかっての」
「さすがに、ルビィも絶叫系には乗らないと思うっスよ?」
 ブランクは、マーカスをじろりと睨み付けた。
「当たり前だろ」







 ―――あんなところで産気づかれちゃたまらん。
 と、ブランクは一人ごちた。
 ただでさえ、双子だから十分気をつけるようにと言われているのだ。
 ―――大体、最近は普通に歩くのさえ辛そうだってのに、どうして人出で混雑する遊園地なぞに連れて行けるってんだ?
 とは言え、ルビィを放っておくこともできず、ブランクは律儀に仲間の誘いを断り(ジタンが来ていたので、彼らは連れ立って飲みに行った)、部屋へと戻った。
 ルビィは窓際のベッドに腰を下ろし、しょんぼりと窓に寄りかかっていた。
「ルビィ」
 できるだけ優しい声で呼んでしまうあたり、自分は甘やかしが過ぎる気がする……。
「あんたはええよね」
 ルビィは恨みがましい目でブランクを見た。
「うちは、十ヶ月も子供たちお腹ん中に入れて、育てなあかんやろ。そんでもって、今度は産まなあかんし。楽しいことも全部お預けや―――たぶん、子供たちが大きくなるまで」
「そんなことないだろ?」
 隣に腰掛け、ブランクは膨らんだお腹を撫でた。
「噴水公園なら、いつでも一緒に行ってやるからさ」
「イヤや、遊園地行きたい!」
「お前なぁ……」
「ブランクは心配しすぎやねん! うちは遊園地に行きたいの!」
「いい加減にしろよ。お前、母親になるんだぞ?」
「そしたら、母親は楽しいところに遊びに行ったらあかんわけ?」
「ちょっとは我慢しろよ。子供のこと考えたら、そんなところ行く気になるのがおかしいだろ」
「なんやのそれ!」
 ルビィは立ち上がった。
「えっらい時代錯誤なこと言うて! 子供は母親が育てるもんやと思うてるわけ!?」
「そういうこと言ってるんじゃねぇだろうがっ!」
 ブランクも立ち上がった。
「俺は常識の話をしてんだよ!」
「うちはうちの話をしとんねん、常識なんて知らんわ!」
「知っとけよ、常識ぐらい! 子供は親選べねぇんだから!」
「それくらいわかっとるわ、ボケっ!」
 ルビィは手近にあった雑誌を丸めると、ポカスカとブランクを叩き始めた。
「ブランクのアホっ! こんなんと結婚したんが間違うとったわ!」
「んだと? 俺だってこんな常識知らずと結婚したのが間違ったってんだ!」
「ひどぉ! あんたなんか、もう知らんわっ! 出てってや!」
 手当たり次第に物を投げ出すルビィ。
「ってぇな。ったく、勝手にやってろ!」
 ブランクは荒々しく扉を閉め、そのままアジトを飛び出していった。







「うっわ〜……胎教に悪そ」
 ジタンはじと目でブランクを見た。
 当の本人はようやく頭も冷め、今更になって自己嫌悪に陥って、頭を抱えている。
「ここんとこ、喧嘩しなくなったって言ってたぜ、マーカス」
 と、テーブルに突っ伏して寝ているマーカスを見遣るジタン。
 ブランクは頭を上げた。
「してなかったな、三ヶ月くらい」
「それでも三ヶ月かよ〜。好きだなお前ら」
「……黙れよ」
「で、いいのか? ルビィほったらかしにして。今頃ショックで産気づいてたりしてな〜」
「冗談に聞こえねぇよ、それ」
 ブランクは琥珀色の液体の入ったグラスを一気に煽ると、やや乱暴にテーブルに置いた。
「ちょっと様子見てくる」
 さっき入ってきたばかりの戸を開け、ブランクは出て行く。
 ジタンは頬杖を付いたまま、見送った。
「喧嘩してる方が、あいつららしいけどな〜……」
 彼は、小さく呟いた。




 一方、五分でアジトへ戻ったブランク。
 人気のない自室で呆然と立ち尽くしていた。
 ルビィは部屋にいなかった。
 それどころか、アジト内を隈なく探してもどこにもいなかった―――!
「あいつまさか……」
 一人で行くか、普通?
 ブランクは忌々しそうに舌打ちすると、再びアジトを飛び出した。






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