<3>


 秋から冬へ、季節は移り変わりつつあった。
 リンドブルムの冬。
 仕事がままならなくなるこの季節、劇場街はよく賑わう。
 タンタラス団は新しいお芝居の稽古に暇がなかった。

 休憩時間のこと。
「お前さ、アレクサンドリアの小劇場、いいわけ?」
「ええの。ロウェルたちがやってくれとるし。うち、タンタラスでお芝居やるの、好きやから」
「そう言っても、オーナー不在っていうのは大変なんじゃないっスか?」
「平気平気。オーナーゆうより、うち、雇われ店長みたいなもんやったし。あっちは女優さんもおるから、こっちでええの」
「女優ならタンタラスにもルシェラがいるずら」
「なによぉ、あんたたち、みんなしてうちのこと追い出したいん?」
「そうじゃなくて、ルビィが無理してこっちにいるんじゃないかって、ボスが気にしてたから」
 と、バンスが言うと、マーカスもシナもウンウンと頷いた。
「そうやったんかぁ。でも、ようやく世界も平和になったことやし、うちはタンタラスに戻りたいわ」
「変な理由だよなぁ」
 ブランクが呟く。
「なんやの、ブランク! 平和やったらみんなお芝居見とうなるやろ?」
「さぁな」
 ブランクが冷めた口調で言うと、ルビィは思わずムキになった。
「さぁな、ってなんやねん、ブランク! 平和やからみんな楽しもうと思うんやんか! だいたい、タンタラスはうちがおらんかったら困るやろ!?」
「別に、お前がいなくたって平気だけど」
「兄キ!」
 マーカスが止めた時には遅かった。
 ルビィはやおら立ち上がると、飛び出して行ってしまった。
「ブランク〜、何やってるずら」
「あんなこと言ったら、ルビィ傷つくっスよ」
「追いかけたほうがいいよ、ブランク」
 ブランクはぶすっと怒った顔で、やはり稽古場を出て行った。


 今にも泣き出しそうな顔でルビィはアジトに帰ってきた。びっくりしたルシェラは何があったのか問いただしたが、ルビィは何も言わず、自分の部屋へ駆け上がっていった。
 ……何となく予想はつくけど。
 一体、最近あの二人はどうしちゃったんだろう?
 しばらくすると、ルビィはコートを着込み、旅行鞄を持って降りてきた。
「ちょ、ちょっと、ルビィちゃん!?」
「うち、アレクサンドリアに帰る!」
「え、え? ちょ、ちょっと待ってよ!」
 ルシェラの手を振り解き、ルビィは飛び出して行く。
 そこへ、ブランクが帰ってきた。
  こちらも不機嫌そうな顔。
 走り去るルビィを目で追った後、ブランクはルシェラに尋ねた。
「なんだよ、あいつ」
「帰るって。アレクサンドリアに」
 ルシェラは棘っぽく言った。
「へ〜」
「へ〜、じゃなくて!」
 ルシェラは腰に手を当て、怒った口調で叫んだ。
「ねぇ、ブランクったら! ホントにいいの? ホントに帰っちゃうよ、ルビィちゃん!」
「別に〜。帰りたきゃ帰りゃいいさ。俺には関係ねぇよ」
「もう! 何、それ!! じゃぁ、ブランクはいいんだ、ルビィちゃんが他の男の人と付き合っちゃっても!」
「……え?」
 ブランクは心底びっくりした目でルシェラを見た。
「も〜〜! 当たり前でしょ!? ルビィちゃん、結構美人だし、女優さんだし、アレクサンドリアでも人気者なんだから! なんで考えたこともない、みたいな顔してんのよ〜ぉ! ブランクのバカ!」
 ルシェラが怒りに任せて捲し立て、ブランクはその間、なぜかじっと遠くの方を見つめていた。


 ルビィが?
 他の誰かと?
 ―――いや、考えたことないってワケじゃない。何となく、ルビィはジタンが……なんじゃないかと思ってた時もあったし。
 でも、今まで実感なんてなかった。ルビィが他の男となんて……。
 あ〜〜、考えただけでムシャクシャしてくる―――。



「ちょっと、聞いてるの、ブランク?」
 ルシェラが詰め寄った。
 が。しばらく何やら考え込んで。
 返事もないままブランクはアジトを飛び出して行ってしまった。
 後に残されたルシェラは、ふぅ、と溜め息をついた。
「あとは、運を天に任せるのみ、だわ。うまくいきますように」


 ブランクは物凄いスピードで走っていった。
 そこは盗賊、途中擦れ違った人がみな振り返るほどの速さだ。
 アレクサンドリア行きの最終飛空艇の出発時刻は午後六時。
 今、五時五十八分。
 ―――間に合うだろうか?
 そもそも、間に合わなくたって朝になってから迎えに行くという手もあるのだが、今のブランクにそんなことを考える余裕は皆無。
 なんとか引き留めなければという思いだけが彼の頭の中を占めていた。
 城前の飛空艇発着所が目に飛び込んでくる。
 いた! シルバーブロンドに緑のコート。旅行鞄。ルビィだ!
 今まさに飛空艇に乗り込もうとしている。
「ルビィ!」
 呼び掛けたが、飛空艇のエンジン音で掻き消され、聞こえない。
「待てったら、ルビィ!」
 何人かが驚いたように彼を見ていたが、そんなもの目に入るはずもなく。
 ブランクは風のように走って、ようやく飛空艇の入り口寸前で彼女を捕まえた。


 後ろから抱きすくめられ、びっくりしたルビィは小さな悲鳴を上げ、鞄を取り落とした。
 が、自分の体に回された腕は、ひどく見慣れたものだった。
「ちょ、な、何なん、ブランク! は、離してや!」
 しかし、力のこもった腕が離れる気配は、一向に、ない。
 発着管理をしている兵士が何人か、乗客らしき人もこちらを見て笑っている。
 ルビィは恥ずかしくなって、じたばたと暴れ出した。
「も、な、なんやの! ちょぉ、ブランク!」
 飛空艇の出発ベルが鳴る。
 しかし、ブランクは離してくれない。
「ブランク! 飛空艇、出てしまうやん! 離してったら!」
「行くな」
 低い声で小さくそう呟くと、ますます腕に力を込め、ブランクはルビィを抱き締める。
 それがあまりに真剣だったので、ルビィはその場に立ちすくみ、動けなくなった。
 アレクサンドリア行きの最終便は、暮れかかった空へと舞ってゆき。
 木枯らしがひゅぅ、っと吹き込む。
 やがて、発着所には人っ子一人いなくなったが。
 それでも、ブランクはじっと黙ったまま、ルビィを抱き締めていた。
  ドキドキドキ……自分の心臓が鳴る音。
  ドキドキドキ……やけに、大きく聞こえる―――。
「あ、あの、ブランク……?」
 ルビィは後ろ向きに抱き締められたまま、おずおずと、腕しか見えない相手に話し掛けてみる。
 返事はない。身じろぎさえしない。
 顔も見えなければ声も聞こえないので、相手が何を考えているのか、全くわからない。ただ、強く抱き締められている腕だけが、何かを物語っていた。
「……ブ、ブランク……?」
 不安になって、もう一度呼び掛ける。
 と。
 突然、腕がほどけて体が自由になった。ほっと息をついて振り返ると、彼はさっき彼女が落とした鞄を拾い上げ、彼女の右手を左手でぎゅっと握ってスタスタ歩き出した。
「え? え、ちょ、ちょっと!」
 引っ張られて転びそうになる。
 それでも構わずずんずん歩いていく、ブランク。
 ―――まったく、何考えとるんやろ?
 ちらっと見た表情は、怒っているような感じだったけれど―――……。
 何となく、気まずくて、不安。
 ルビィは黙って引っ張られるままついていった。
 ぎゅっと握られた右手が、痛いくらいだった。


 人混みを通った時も。エアキャブの乗車駅でも。エアキャブに乗った時も。劇場街駅に着いた時も。ブランクはルビィの手を離さず、ずっと黙ったまま怒ったような顔をしていた。
 駅の出口で、ついにルビィは我慢ならなくなって立ち止まった。
「なんやの、ブランク。うち、手ぇ痛いわ」
 それにつられ、ブランクも立ち止まる。
 相変わらず黙って先を向いたまま。しかし、手を握り締める力は弱まった。
「どこ行くのん? アジト帰るん?」
 しばらくの沈黙。
 いい加減、ルビィが痺れを切らしたとき。
 ブランクは振り向いた。
 びっくりして思わず手を引っ込めるルビィ。
 彼は、恐いぐらい真剣な目で、彼女を見つめた。
「なんで、勝手に行っちまうんだよ」
 小さな声でそう呟く。
「な、せ、せやかて……。だ、大体、あんたがうちなんていなくたっていい、って言うたんやんか!」
 ルビィは、思わず強い口調で返す。
「だからって、黙って行くなよ!」
「何でよ! うちがいつアレクサンドリアに帰ろうと、あんたに関係あらへんやろ! もう、ほっといて!」
「ほっとけるかよ!」
 いきなり、視界が覆われる。びっくりする暇もなく、ルビィは抱き締められていた。
「ちょ、ちょっとぉ!」
 ―――こんなとこ、誰かに見られたらどないするのん?
 しかし、離れようにもすごい力だ。
 ルビィは諦めて、されるがままになった。
 耳元で、ブランクの鼓動が聞こえる。
 しかも、かなり早い。
 何となく恥ずかしくなって俯こうとしたが、それさえままならない。
 ルビィの身じろぎが伝わったのか、ブランクは更に力を込めてルビィを抱き締め。
 その瞬間。
「―――好きだ」
 ルビィがびくんと体を震わせた。


  はい?
  なんやて?
  今、なんて言うた?
  好き?
  好きって、あの好き?
  ブランクが? うちのこと?
  え?
  嘘やん……?
  嘘やろ―――?


 気が付くと、いつの間に離されたのか、ブランクがルビィの顔を覗き込んでいた。
「ルビィ?」
「はははははいぃ?」
 頭の中が真っ白になってしまったルビィは、しどろもどろに返事する。
「―――嫌か?」
「は、はい? な、何が?」
「……俺が」
「はぁぁ?」
 ブランクは気まずそうに目線を逸らすと、再び尋ねた。
「俺が、嫌いかって聞いてるんだよ」
「な、なに、なに言うとんの!? そんな……」
 ……わけ、ないやん。
 と、最後まで言えずにルビィは俯いた。
 心臓が早鐘のように打って、顔から火が出そうなくらい熱い。
 しかも、なんや、泣きそうやわ……。
 そう思った途端に、視界が涙で滲んだ。
 ―――うわ、どないしよ! せやけど、止まらん〜!
 突然、堰を切ったように涙が湧いてきて、顔に手を当て、ルビィは肩を震わせて泣き出した。
「お、おい、ルビィ! お前、泣くなよ!」
 ブランクの慌てた声がする。
 しかし、それは逆効果。ルビィは更に激しく泣き出した。
「そんなこと、言うたって、うわ〜〜ん!」
「お、おいってば!」
「うわ〜〜ん」
 救いだったのは、夕飯時で近くに誰もいなかったこと、か。
 ブランクはルビィの頭を撫でながら、ずっと困り続けていたのであった。




-Fin-



だから、ラヴシーン苦手なんだったら!(笑)何で書くのかね、自分(ぉぉぃ)
え〜、ブランクとルビィが好きな方はごめんなさ〜い・・・(しょぼくれ)
わたし的ブラルビのお話でした。こんな感じで結ばれて欲しいv(はい?)
このあと彼らは・・・でき婚で電撃入籍で双子が生まれます。
はちゃめちゃやな〜・・・あ! ルビィ、ヘベレケ関西弁ですいません(><)
ルシェラがいいキャラになってくれて、かなり好きです(笑)
2002.9.7



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