「「双子ぉ?!」」
 と、夫婦が声を合わせて叫んだのは、燦々と太陽の照る夏を迎えた、アジトだった。
「頭が二つあって双子じゃないことはないだろうさ」
 産婆代わりの卒業生マリアは、ルビィの膨らんだ下腹部を調べながら、にこにこと笑った。
「こりゃぁ、賑やかなことになりそうだねぇ」
 マリアの言葉にルビィは満更でもなさそうだったが、ブランクはがくりと項垂れた。
 嫁一人で十分賑やかだというのに、これが二倍―――いや二乗かもしれない―――も煩くなるかと思うと、頭が痛かった。




Tantalus' Panic! 1807    〜双子誕生〜




<1>


 はっと目を覚まし、ブランクは跳ね起きた。
 慌てて目線を移ろわせたが、ルビィは隣で幸せそうに眠っていた。
 窓の外は薄っすらと明かりが射して、西角のこの部屋からでも朝が来たことを察することが出来た。

  夢を見た。
  こいつを失う夢。
  腕の中で冷たくなっていくのが、何故か妙にリアルだった。

 額にかかっているシルバーブロンドの前髪を掻き上げてやったら、寝ぼけた声で何かを呟き、寝返りを打とうとした。
 が、腹が重いらしくまたこちらを向き、依然目を覚ますこともなく眠り続けた。
 ―――二人分膨らんだ腹が重くて熟睡できないなんて、よく言ったもんだ。
 ブランクは心の中で呟くと、ベッドから抜け出した。

  馬鹿な話だ、どうしてあんな夢を見たんだろうか。

 嫌な夢を見たのは久しぶりだった。
 子供の頃は毎晩のようにうなされた。回数こそ減ったが、大人になってからも時々夢に現れた。
 いつも同じ夢。母親が去っていく夢。
 暗闇の中で目を覚ましたとき、胸に空いた穴を「喪失感」というのだとわかったのは、随分大きくなってからだった。
 失うことの恐怖。
 自分の心にもそんなものが存在しているのかと思うと、幼心に妙な気分だった。


「あれ? 今日ってブランクが朝食当番だっけ?」
 居間へ行くと、早起きのルシェラがいて、驚いたように言った。
「いや。目が覚めたから降りてきただけ」
「なんだ、そっか」
 彼女はにこっと笑った。
 ブランクとルビィが結婚して、二月後にはシナも結婚してアジトを出て行った。
 マーカスも婚約していたが、彼はまだアジトに残っており、今日の朝食当番はちなみに彼だった。
「マーカスがね、例の得意料理を伝授してくれるんだって」
 ルシェラはダイニングを台拭きで拭きながら、嬉しそうに言った。
「なら、あいつがいなくなっても相伴に預かれるってわけだ」
 ブランクはそう言いながら、窓の外を見上げた。
 秋晴れのいい天気だ。
「もうすぐだね」
 ルシェラはふと、そう言った。
 予定日は二週間以上先だったが、マリアは「双子だから早く産まれてくるかもしれない」と言っていた。
 毎日落ち着かない日々が続いていた。
 だからかもしれない。あんな夢を見たのは。
 ただ、そうだとしても不吉すぎた。


「ブランク?」
 手を休め、ルシェラは褐色の双眸を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「ん?」
 はっと夢想から覚め、ブランクは少し笑って見せた。
「不安だよね、やっぱり」
 ルシェラは俯いた。
「まぁ、なんとかなるだろ。根性だけは人一倍だからな、ルビィは」
 軽く伸びをしながら、暢気な声で言った時。
 ルシェラが豆鉄砲を食らったような顔をしたので、ブランクはその目線の先を振り向いた。
「……なんやてブランク」
「げ」
 アジトに椅子が投げ飛ばされる轟音が響き、ぎょっとした住人たちが階段を駆け降りる音がしばらくの間続いた。






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