<11>



 何も言えずただ自分を見つめる褐色の瞳に、ルビィは小さく吐息をついた。
 ―――やっと、帰ってこられた。
 なぜか、そんな言葉が心に浮かぶ。
「ブランク」
 もう一度呼んでみる。掠れた声は、一度目よりもっと雑音が混じった。
 泣き出しそうだと思った。彼が泣いているところなど、数えるほども見たことがない。
「赤ちゃんたちは?」
 聞き取れるような声ではなかったけれど、ルビィは聞かずにはおれなかった。
 彼女が最後に見たのは、血にまみれた、瀕死の息子だった。
「無事だ。二人とも元気にしてるよ」
 つられたように、ブランクの声も小さく掠れた。
 良かった、ルビィは心の中で呟いた。もう声なんて出そうになかった。
 右手を伸ばすと、ブランクの両手が素早くそれを取った。暖かい両手。
 ルビィは何だかほっとして、再び目を閉じた。
 ブランクが立ち上がって誰かを呼んでいるのが耳に響いた。



***



「気分は?」
「喉渇いた」
「ルシェラ、水ね。それだけ? 痛いところは?」
「頭痛いわ」
「それは『寝すぎ病』だよ」
 マリアは笑いながら脈を取って、血圧を測ると、水差しで水を飲ませてくれた。
「姉さん、子供たちは? 大丈夫なん?」
 ルビィは不安に駆られて聞く。ブランクは無事だと言ったが、マリアの口から聞かなければ安心できなかった。
「大丈夫だよ」
 マリアはそう答えた。
 医者から言われたことは色々あったし、彼女自身でも気になることは多かったが、目を覚ましたばかりの母親にそれを伝えるほど、彼女は冷酷ではなかった。
「弟の方はかなり小さいけどね。二人ともちゃんと生きてる」
 ルビィはマリアの顔をじっと見ていた。しかし、彼女もそこは女優の端くれである、悪戯っぽく笑ってみせた。
「まったく、生きてくれてるだけでも奇跡だよ。ありがたいと思わないとね」
 あんたが生きてるのも奇跡だよ、と笑って付け加えると、ルビィも微笑んだ。
「そうやね」
「名前、早く決めておやりよ」
 マリアはそう言って立ち上がり、戸口の辺りに立っていたブランクを手招きして二、三点注意をしてから部屋を出て行った。
「まだ決めてへんの?」
 ルビィは聞いた。
「……ああ」
 マリアが出て行ったドアの方を見たまま、ブランクは答えた。
「どうして」
「勝手に名前付けるのも悪いと思ったから」
 ひどくぶっきら棒な声色。
「そんなん言うて、うちがいつまでも寝たきりやったらどうするん?」
 ブランクが拳を握り締めたのを感じて、ルビィは視線を上げた。相変わらず明後日の方を睨んでいる。
「まぁ、そうならなかったからええけど」
 溜め息混じりに言うと、ルビィは笑った。
「お父ちゃんに、感謝せな」
「―――親父さんに?」
 突拍子もない人間が出てきたことに、ブランクは驚いて振り向いた。
「そう。夢にお父ちゃんが出てきてな、こっちへ来たらあかん、帰れ帰れて言うんや。あんたが呼んどる声が聞こえんのかって」
 ルビィは可笑しそうに微笑んでいた。
「よう耳澄ましたら、確かにあんたが呼んどったんで、そうや、帰らな。ブランクのとこに帰らなあかんって思て。そしたら、目が覚めてここにおった」
 父親が自分を救ってくれるはずはないと思った。きっと夢だったのだと。けれど、ルビィは信じたかった。本当に父親が救ってくれようとしたに違いない、と。
「せやから、お父ちゃんのおかげ。まったく、あんたがもっと大きい声で呼んでくれんから、いつまでたっても帰ってこられへんかったんやで」
 最後は戯けてみせた。しかし、ブランクの目は真剣だった。
「……俺も、見たんだ、夢」
「へ?」
 ルビィは驚いたように目を瞠った。
「何の?」
 問われて、ブランクは躊躇ったように黙り込んだが、意を決したように再び口を開いた。
「お袋の」
「え?」
 ルビィは思わず身を起こしかけた。
「なんで?」
「……わかんねぇ」
 小さな光。あれは、きっと母親の魂だったのかもしれない。あまりに抽象的な夢は、とても現実とは思えなかった。
 母がルビィに命を預けてくれたのだろうか。
「そしたら、うちはお父ちゃんとお母さんに助けてもろうたんやな」
 ルビィは感慨深げにそう言うと、しばらく天井を見つめたまま黙っていたが、
「なぁ。うち、あの子たちに付けたい名前があるねん」
 ブランクが無言のまま、目で続きを促す。
 彼は承諾しないかもしれないと、ルビィは半ばダメ元で呟いた。
「リアナと、ジェフリー」
 黙ってしまったブランクに、ルビィは眉を顰める。
「やっぱりあかん?」
「……いや」
 ブランクは窓を見た。あの日とは赤と青が入れ替わった月が出ているだろうが、この部屋からは見えない。
 本当は、自分も考えていた。
 子供に親の名を付けることで、一体何になるのかはわからなかったけれど。
 少なくとも、その子を愛し、慈しみ、育てていくのなら、自分の心は彼女を許すことになるのだろう。
「今度は」
 ブランクは窓の外を見つめたまま、小声で言った。
「その名前を幸せにしてやる番なんだろうな、俺たちの手で」
「ん」
 ルビィは満足そうに微笑んだ。
「世界一幸せな子にしてやらんとね」
 ブランクはルビィを見た。
 そうだ、自分一人では出来そうになかったことも、二人なら出来る。彼女が側にいてくれるなら、きっと。
 生まれて初めて、母親に感謝したいと思った。

 顔色の戻った頬に指先で触れると、ルビィはくすぐったそうに笑った。
「何?」
 しかし、ブランクは何も言わなかった。何も言わずに、ただ彼女の頬を撫で続けた。
 その存在を確かめるように、ずっと。




-Fin-





つ、ついに書いちゃいましたよこの設定・・・!(笑)
あ〜、なんかいろいろ言いたいことはあるのですが、とりあえず
ブランク、ルビィ、ごめんよ(爆)
書きながらキャラたちにこんなに謝ってたのは初めてでした(笑)

この設定も実はかなり最初の頃から決まっていたのですが、
書いてみたらこんなにシリアスになるのかと、今回再確認というか何というか(^^;)
とりあえず出産シーンが難しかったです、はい(笑)
しかし、ブラルビでここまで書く方もあまりおられないだろうということで、
愛と気合いだけは込めて書かせていただきましたv
全国のブラルビ一派の皆さまへv 飢えが凌げるかどうか分かりませんが(笑)

2006.2.12







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