<2>
「で、お前は何をしに来た」
騒動で壊れた椅子を直しながら、ブランクは不機嫌そうな声で問うた。
「お前こそ何してんの?」
「見ればわかるだろ」
「椅子の修理」
トントンと釘を打ち直しながら、ブランクは無言で肯定した。
「また何かやらかしたわけ?」
ジタンの声は笑いを含んでいる。
「元気だなー、ルビィは。安産間違いなしだな」
ブランクは答えなかった。
どことなく不安な気持ちは朝からずっと続いていた。
―――あんな夢さえ見なければ。
「一日だけさ、休みをもらったんだ」
ジタンはテーブルにひょいっと腰掛け、言った。
「いい気なもんだな、王様が」
「王様だって休みは必要なんだよ」
唇を尖らせたジタンに、少し笑いがこぼれる。
「姫さんが代わりにやってくれてるのか?」
「そういうこと」
エミーも随分大きくなったしさ、と、ジタンは笑った。
「そういや、シナんとこも子供産まれるんだって?」
「ああ。タンタラスは出産ラッシュだ」
ブランクはトンカチの手を止め、今し方打ち付けた椅子の足の出来栄えを確認した。
「あ、ジタンだ!」
バンスが居間へ降りてきて、彼に気付くと駆け寄ってきた。
「よ、エーコとは上手くやってるか?」
「それがさぁ……」
バンスが何か愚痴をこぼし始め、ジタンはからかうような目をしながら聞いてやっているので、ブランクは構わずに椅子の修理を続けた。
もうすぐシナが来るだろうし、ルビィはルシェラと洗濯物を干しているのだろう。
何のことはない、穏やかな秋の朝だった。
***
タンタラスの面々は、夜には帰ると言うジタンのため、まだ日の高いうちから酒場に繰り出すことにした。
「あんたも行ってきたら?」
と、ルビィはブランクの背中を押した。
「俺はいいよ」
「せやけど、ここんとこジタンも忙しいし、会うたんも久しぶりやん。うちなら大丈夫やから、行ってきてや」
ブランクはじっとルビィの顔を見つめた。彼女は「何?」という風に首を傾げ、にこにことしている。
出かけたって、気になって落ち着かないに決まっている。
「やっぱり今日は……」
「何よぉ、行ってきたらええやんか。言うとくけど、近所の笑いモンなんやで? 過保護な旦那やて」
「か、過保……」
「ええから早う行ってきぃ!」
ぽんとばかりにブランクの背中を押し、ルビィはひらひらと手を振った。
「それでさぁ、最近はエミーがオレの顔を見ると、ニッコリ笑うんだよなぁ」
「わかるんっスかね、お父さんだって」
「わかるんじゃないか? こう毎日毎日抱っこされて頬ずりされてれば」
「しつこくしてると将来嫌われるずら、ジタン」
「うるせぇな〜。いいの、今は!」
ジタンの愛娘のろけ話は続いている。
それを見越していたのか、バクーはいつの間にかちゃっかりカウンターへ移ってしまっていた。
「で、ブランクはどうなわけ?」
「どうって何がだよ」
ぶっきら棒に答えると、ジタンは悪戯っぽくニッと笑った。
「ほら、父親になる心構えとか」
―――はっきり言って父親としての自信は皆無だが、そんな心の内を吐露する気は更々なかった。
「そんなもん、産まれてから考える」
「それじゃ遅いだろ〜」
ジタンはケラケラと笑った。シナがふと、
「うちの奥さんは胎教だなんだって、音楽会に行ったりしてるずら」
「何スか、タイキョウって」
マーカスが不思議そうな顔で聞く。
「赤ん坊がお腹の中にいる時から、いろいろと教育することらしいずら」
「それちょっと違うだろ」
ジタンが突っ込みを入れた。
「でも、最近流行ってるらしいずら。英才教育とか言ってたずら」
「へぇ……赤ちゃんもお腹の中から勉強じゃ大変っスね」
「そりゃ言えてる」
「ルビィはなんかやってるずら?」
「うちは無事に産まれてくれれば何でもいいよ」
そう答えながら、こいつらとこんな話題で盛り上がる日が来ようとはと、ブランクは面妖な気分になった。
バンスが酒場に駆け込んで来たのは、夕暮れの迫った午後のことだった。
彼らがいつも通っている卒業生マリアの店とは違う店にいたため、かなり探したらしい。彼は少し息を弾ませていた。
「ブランクっ!」
その場の全員が、はっとして振り返る。ブランクはガタンと椅子から立ち上がった。
「どうした?」
と訊ねたのはジタンだった。
「もうすぐ産まれるって!」
そうとだけ聞くと、ブランクはバンスの脇をすり抜けて酒場を出て行った。
「マリアには?」
「ここに来る前に―――」
「もうアジトにいるんだな」
バンスはこくこくと頷いた。
「上がるど」
財布を懐に仕舞いながら、バクーがマーカスとシナの背を押した。
「忙しくなるずら」
頷きながら、シナはそう言った。
やがて、月が出た。
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