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泣き叫んで我が子へ手を伸ばそうとしているルビィを枕に縫いつけながら、ブランクはマリアを見た。手元は見えなかったが、彼女は必死に赤ん坊を叩いたりさすったりしながら、泣かせようとしているらしかった。
泣かない。
ルビィが激しく咽び泣き、ブランクはそれを支えているので精一杯だった。
泣かない。
「駄目だ」
と、マリアが小さく呟いたのが、ブランクには頭の中に鳴り響くほど大きく聞こえた。
駄目? 駄目ってどういうことだ?
「ルシェラ、呼吸器を取って」
震えていた少女は、それでも指示に従って、傍に置いてあった器具を驚くほどの素早さで運んできた。
しかし、マリアが人工呼吸器を付けさせようと、赤ん坊の口を押さえた時。
まるで子猫の鳴き声のように、弱々しい産声が上がった。
「あ」
小さな、泣き声。
マリアが、その声より余程大きな音で、息を吐き出した。
「良かったぁ」
大急ぎでタオルに包むと、ルビィとブランクの方を見た。
「大丈夫、助かったよ」
力が抜けて、それぞれ椅子と枕にぐったりと凭れる。
「びっくりした……」
ブランクは力の抜けきった声で呟いた。
しかし、隣から反応が返ってこない。
ほんの一瞬だった。ブランクは、朝から感じていた不安がどっと流れ込んできたのを感じた。
「ルビィ?!」
振り向いたブランクが、鋭い声で彼女を呼んだ。しかし、返事はない。
はっとしたマリアがその顔を一瞥し、一瞬で蒼褪める。
「マリアママ……!」
「ルシェラ、赤ん坊を連れてって。出来るね?」
タオルに包まれた小さな赤ん坊を腕に預けられ、ルシェラは泣き出しそうな顔で、辛うじて頷いた。
「ルビィちゃんは……? 大丈夫だよね?」
「いいから、急ぎなさい」
マリアはもうルシェラを見ていなかった。小さな小さなその子は、ぐったりとルシェラの腕に凭れて、微かに声を上げるので精一杯だった。
この子の命は、自分の手に懸かっている。
恐ろしくて足が震えそうだったけれど、ルシェラは意を決して部屋を飛び出していった。
「ルビィ!」
叫び声が、届かずに通り抜けてゆくのがわかる。
「ルビィ」
嘘だと、言ってくれ。
「ちょっと離れて」
マリアが、血の気の失せたルビィの頬に触れ、首筋に手を当て、口元に耳を寄せた。
「大丈夫、生きてるよ」
その言葉が、逆に追い討ちをかけて心を闇へ突き落とさせた。
生きてる。生きてる。
そんなこと、当たり前だったのに。ついさっきまで笑っていたのに―――
それから数日間のことは、ブランクにはあまり記憶がなかった。
ずっと、暗い海の底のようなところで、ドロドロした沼に足を取られているような、そんな時間が流れた感覚だけが残っていた。
ルビィは眠り続けた。
死人のような顔をして、ずっと。
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