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「そういやお前、どうしてここにいるんだ、マーカス」
 双子誕生から一週間、ふと思い出したようにブランクが訊ねた。
「どうしてもこうしても、ここは俺の家っスよ?」
 おちびのおむつを換えてやりながら、こちらを見もしないでマーカスが言った。
「そういうことを訊いてるんじゃない。結婚式はどうしたんだよ」
 マーカスはとっくに結婚式を挙げ、このアジトを出ていたはずなのだ。
「そんなこと、してる場合じゃないっス」
「それとこれとは別の話だろ」
「同じ話っスよ」
 マーカスは手を止める様子もなく、すっかり慣れた風におむつを換えていた。
「結婚はやめたんス」
「は?」
 思わずブランクが立ち上がった。
「何だって?」
「このこととは関係ないっス。俺がそうしたかったから、そうしただけっス」
「じゃぁ、彼女と別れたのか?」
 ジタンが訊いた。
「……そのつもりだったんっスけど」
 マーカスは困ったように頭を掻いた。
「待ってるって、言われちゃったっス。自分勝手に取り止めておいて、待たせるのも悪いと思ったんスけど」
「いいコなんだな」
 教会で孤児の面倒を見ている彼女との馴れ初めを、マーカスはあまり詳しく語ったことはなかった。彼女も同じ孤児で、きっとどこかで通じ合うものがあったのだろう。
 教会の子供たちがあなたに良く懐いているから―――彼女はそう言ったのだと、マーカスは説明した。
「だから、いいんスよ。タンタラスのことは俺に任せてくださいっス、兄キ」
「……そんなことできない」
 ブランクは首を振った。
「お前の人生まで犠牲にできるわけないだろ。……ルビィのことも、こいつらのことも、全部俺がやる。そうすべきなんだ」
「なんでも抱え込むなって」
 ジタンが明るい呆れ声で言う。
「これ以上迷惑かけられないだろ……お前だって、早くアレクサンドリアに帰らないと」
「いいんだよ、ダガーがいいって言ったから」
「兄キ、誰も迷惑なんて思ってないっスよ。みんな何かしたくて仕方ないんっス」
「そーそ。ボスなんてこの間、飽きもせずに何時間も『いないいないばぁ』とかやってたぜ。あの顔で、かなり気色悪かったぞ」
 ジタンがそう言って肩を窄めると、マーカスが噴き出した。
「エミーが外孫なら、こいつらは差し詰め内孫ってとこか?」
「そういえば、兄キ。名前は決めたんっスか?」
 ふと、マーカスが尋ねた。しかし、尋ねてしまってから、訊いてはいけなかったかもしれないと少し後悔した。ブランクが表情を曇らせたからだ。
 それを見て、ジタンが口を挟んだ。
「まぁ、ゆっくり決めればいいさ」
 そうだそうだと、マーカスも口を開きかけたとき。
「……一緒に、決めたいんだ」
 ブランクは俯いたまま、小さく答えた。
 マーカスがはっとしてジタンを見たが、ジタンは一瞬眉根を寄せ、しかしまたすぐに笑顔になった。
「そうだよな、そうすればいいさ」
 小さく溜め息をつくと、ブランクは顔を上げた。
「わかってるよ、馬鹿げてるって。ルビィがいつ目を覚ますかもわからないのに……いや、もしかしたら」
「ブランク」
「もしかしたら、あいつは」
 仕舞い込みきれなかった恐怖が、胸の奥から湧き出てくる音がはっきり聞こえた。
「もう」


 ―――二度と、目を覚まさないかもしれない。


 この世に生れ落ちた瞬間から、俺には別れの匂いが付き纏い続けてる。






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