Tantalus' Panic! 1807 〜Vow〜
<1>
「電報です」
突き出された紙片を見つめた時、一瞬、ルビィの背筋に嫌な予感が過ぎった。
「バクーさん宛てです」
「あ、どうも……」
配達員はルビィにそれを手渡すと、忙しそうに仕事へ戻っていった。
「どうした?」
気付いたブランクがルビィの手から、その紙片を取り上げた。
「ボス宛てか?」
「そうみたいやね」
「そうか……困ったな」
それもそのはず、バクーはシド大公絡みの仕事で、マーカスとバンスを連れて出かけていたのだ。帰ってくるのは三日も後の予定だった。
「電報ってことは、急ぎなんだよな」
「うん」
「開けた方がいいな」
ブランクが封を切るのを、ルビィの指がやんわりと止めた。
「でもボス宛てなんやし、個人的なことやったら悪いで」
「そう言ったって、急ぎだったら知らせてやらねぇと」
ブランクは躊躇わなかった。ルビィの背筋は嫌な予感で凍りつくかと思うほどだったのに。
ものの数秒で読み終わると、ブランクはその紙片を元の通りに折り畳んだ。
「なんやて?」
しかし、ブランクは手の中のそれを凝視したまま、黙り込んでしまった。
「ブランク?」
呼ばれて、彼は顔を上げたが、褐色の瞳は明らかに戸惑っていた。
「どないしたん?」
「……いや」
「何? 悪いこと?」
電報なんて、いつも悪いことばっかりだ。ルビィはブランクから紙片を取り上げようと手を伸ばした。が。
「待てって」
「なんやの、うちにも見せて」
「だから待てってば」
「待たれへん! 今すぐ見せてや!」
「だからちょっと待てって! 落ち着け」
半分ヒステリーになりかけたルビィを近くの椅子に座らせ、ブランクは再び紙片を見つめた。しかし、言わないわけにはいかないことも、彼には重々わかっていた。
「ほら、落ち着いて読めよ」
手渡されたそれを、ゆっくりと開く。質の悪そうな紙には、一行だけ書かれていた。
「ルビィノチチオヤ ヤマイノタメ キトク」
「危……篤?」
両手で握り締めたまま、ルビィは電報を膝の上に落とした。
「なんで……」
はっとしてもう一度電報を調べた。差出人は、彼女の近所に住む知り合いの名前だった。
「どうして知っとるん、うちがここにおること」
彼女の胸に、激しい動揺が走った。
「どうして、ボス宛てなん……?」
最早ルビィは独り言のように呟いているだけだった。
ブランクは、自分の母親の消息が知れた時のことを思い出した。
「たぶん、お前のことも調べてたんだろ。何かあったら知らせて欲しいとか、誰かに頼んであったのかもしれない」
「そんな……余計なこと……!」
そう言ったきり、ルビィはテーブルに突っ伏して泣き始めた。あまりに突然いろいろなことが襲ってきて、しばらくまともな思考はできそうになかった。
そのことを心得ているブランクは、自分も隣に座ると、黙ってルビィの背に手を乗せて待っていた。
「行きたくないなら、行かなくていいだろ」
ブランクは静かな声でそう言った。
「せやけど」
ルビィはもう一度電報を見つめた。近所の人が知らせてくるということは、何かしら世話をしてもらっているだろうことが想像できた。もう十五年も帰っていないのだ、長い間世話を掛けっ放しで、このまま知らない振りを続けるのはあまりにも申し訳なかった。
「やっぱり、行くわ」
「大丈夫か?」
心なし蒼褪めた顔で、ルビィは頷いた。
「迷惑掛けとるやろうし、うちが行かんと」
少しの間、ブランクはルビィの顔色を窺っていたが、やがて小さく頷いた。
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