Capacity




「今日、何時上がりなん?」
 ルビィは、早朝から仕事の準備をしているブランクにそう訊ねた。
「あー、まぁ、日が暮れるまでには終わるだろ」
「ふーん」
「ちゃんと、遅刻しないくらいには帰ってくるさ」
 疑わしそうな目を向けたルビィに気付いているのかいないのか、ブランクは荷物を詰める手を止める様子もなかった。
「そしたら、うち劇場の前んトコで待っとるから」
 よいせ、と立ち上がると、ブランクは初めてルビィを見た。
「了解」
 悪戯っぽく、口元を片方だけ上げて笑う。
「じゃ、また後で」



 8時から、ルビィが見たがっている舞台が始まる。
 今日が最終日で、人気の舞台なのかチケットを取るのに苦労したのだという。
 たまには付き合ってやってもいいか、と、ブランクは一緒に観に行くことを了承した。
 意外だったのか、ルビィは目を見開いて「ホンマに!?」と叫んだ。
 まぁ……ラブロマンスものは、ちょっと頂けないけどな。


 そんな日に限って、一日中体力を使う仕事が入った。
 元々不規則な仕事だし、そんなことを今更どうこう言っても仕方ないと言えば仕方ない。
 徹夜じゃなかっただけ有難いもんだ。さっさと片して帰ればいい。
 体力は要るが、難しい仕事ではなかった。岩登りも穴掘りも、別に特別なことじゃない。
 けれど、一つだけいつもと違うことがあった。
 ブルメシアの領内で、小雨ながら雨が降っていたのだ。



「鬱陶しいなー、ったく」
 ジタンは空を見上げてそう呟いた。
 晴れの日が多い陽気なリンドブルムに慣れている彼らには、ブルメシアのジメジメした気候は陰気で、どうにも馴染めなかった。
「早く終わらせて帰るずら」
「そう言ったって、どこまで掘りゃいいんだよ〜」
 ジタンはブーブーと不満を洩らした。
「ホントにここで合ってんのか?」
「地図の通りならここで合ってるっス」
「もう二時間も掘ってるじゃねーかよぉ」
「文句ばっかり言わねぇで、サクサク掘れ」
 ブランクが後頭を小突いて、ジタンは「いってー!」と頬を膨らませた。



 断じて、焦っていたわけではなかった。
 確かに、リンドブルムへ戻るまで何時間、仕事を済ませるなら何時まで、と頭の中は逆算を繰り返していたけれど、それでも焦っていたわけではなかった。はずだ。
 雨のせいで、集中力が弱まっていたのかもしれない。気配を察知するのが遅れた。
 ジタンがスコップを放り出して左脇に差した短剣の柄に手を掛けるまで、誰も気付かなかったのだ。


「やべぇ、囲まれたぞ」


 その一言で、他の全員も顔を上げた。
 何のことかと、一瞬意味が分からない。
 霧が晴れてからこちらモンスターの数は減っていたし、どこか油断があったのかもしれなかった。
「げ」
「いつの間に……!」
 他の全員も剣を抜いた。
「どれくらいいる」
「一、二、三……わかんねぇな」
「一旦退却だな」
 退路を見出すため、ブランクが一歩下がった。
 それと同時に、足元がぐらりと傾いて。
 あ、と思う間もなく、バランスを崩して、さっき登ってきた崖から後ろ向きに投げ出された。



***



 7時半、ルビィは劇場の前でブランクを待っていた。
 遅刻されるのはブリ虫と幽霊の次に大嫌いだったけれど、今回ばかりはかなりタイトなスケジュールだし、ちょっとくらい待ったるわ、と思っていた。
 しかし、10分経っても20分経っても彼は来なかった。
 ルビィはイライラして待っていたが、どうしようもなかった。先に入ってしまおうかと思ったけれど、何となくそうする気になれなかった。
 開演時間が過ぎて、人もまばらになって、ルビィは小さく溜め息を吐いた。
 アカンかったらアカンて、最初っからそう言うたらええのに。
 何だか嫌な予感がして、ルビィは結局あれ程観たかった舞台を放ったらかしてアジトへ戻った。
 虫の知らせ、だったのかもしれないと彼女は思った。
「ルビィ、どこ行ってたんだよ!」
 アジトへ着くなり、ひょこっと顔を出したジタンが大声でそう言った。
「どこって……今日観たい舞台が」
「あー、あれ今日だったのか」
 ジタンは妙に納得した顔をして、そう呟いた。
「なんかあったん?」
「ちょっとな」
「どないしたん? 誰か怪我でもしたん?」
「怪我っていうか……ちょっと」
 ジタンは困ったように頭を掻いた。いつものふざけた仕草と違って、困惑しきった表情だった。
「ブランクがさ、頭の打ち所が悪くて」
「……打ち所?」



 ルビィは、ベッドに座ってぼうっとしているブランクの顔を覗き込んだ。
 彼は大儀そうに振り向いて、ルビィを見上げた。
「ブランク……」

 嘘やん。
 ―――だって、ついさっき、また後で、って別れたばっかりやったのに。

「ホンマに、なんも覚えてへんの?」
 ブランクはじぃっとルビィの顔を見つめていたが、その表情からはほとんど感情を読み取れなかった。
「だって、さっき約束したばっかりやのに、忘れてもうたん? 今朝話したばっかりやで?」
「……誰だ、こいつは」
 ブランクがルビィを指差して、ジタンに訊ねた。
「ルビィ。お前のカノジョだよ」
「……ふーん」
 ブランクはもう一度まじまじとルビィを見てから、
「あいつから聞いただろ。悪いけど、何も覚えてない」
 そう言っただけで、後は窓の外に目をやって黙り込んでしまった。
 言いたいことは山ほどあったのに、そう言われてしまったらもう何も言葉が出てこなかった。







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