<3>



 その夜から、ブランクとルビィの距離は少しずつ縮まり始めた。
 以前のように、とまではいかなかったが、普通に言い合いもするようになったし、仲良く話し込んだりすることもあった。
「結局好みのタイプって変わんないのな〜」
 と冗談めかしてジタンが言い、「馬鹿なことを」とブランクに頭を小突かれた。


「でもさぁ」
 ジタンはぼそりと呟いた。
「ブランク、ちょっと素直だよなー」
「え?」
 マーカスが驚いたようにジタンを見た。
「あいつって、あんまり好きな子にアピールとかしないタイプだったじゃん」
「そうっスかね?」
「そうじゃなかったら、とっくにルビィとできてたんじゃねぇ? 今みたいに」
 マーカスはブランクを見た。彼は飽きもせずルビィに話しかけていて、ちょうど彼女がゲラゲラと笑い声を上げたところだった。
「……そう、かもしれないっス」
「かーなり頑固に片意地張ってたんだろうな〜」
 ジタンはニヤニヤと笑い出した。
「痩せ我慢。バカだねー!」


 きっと、お互いにきっかけを待っていたのかもしれない。
 そんなことまで前と同じだなんてお笑いだ、と、ルビィは思った。
 前と決定的に違うのは、喧嘩仲間の名残だった妙な意地の張り合いをしなくなったことだった。
 ルビィは、自分の言動があまりに素直なことに戸惑った。言い合いをしても、最後は冗談を言いながら笑って終われた。
 不思議だった。



「前からそないやったら良かったのに」
 ぽつり、と呟いた言葉が、耳聡いブランクにははっきり聞こえた。
「何がだ?」
「え?」
 ルビィは微かに目を見開いた。これくらいの小声なら聞こえない、と思っていたから。
 ―――前から聞こえてたのに、聞こえない振りしてたってこと?
「めっちゃ可愛くない……」
「は?」
 ルビィは小さく息を吐くと、ブランクの側に座り直した。相変わらず、武器の手入れが好きな奴だった。
「なぁ、前のあんたと今のあんたって、同じ人なん? それとも別の人?」
 ブランクはしばらく手を止めてルビィを見つめていたが、やがて目を逸らして、また手を動かし始めた。
「……それは、俺には答えられない」
「そーゆう意味やなくて」
 ルビィは何度か頭を振った。
「なんて言うか……あんたとしては、前のあんたは自分と同じ人間と思えるんかな、って」
 ブランクが再び手を止めてじっと見るので、ルビィはしばらく黙っていた。
「それは」
 ブランクの手は完全に止まって、ルビィはその左手から落ちそうな皮布が気になって目を遣った。
「前の自分に嫉妬するか、って話か?」
「へ?」
 思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「……なんでそういう方向になるわけ?」
 ブランクはしばらく答えに惑って、やがて観念したように
「前の俺は、何でも知ってたんだろ」
 と、そう呟いた。
「お前が何を考えてて、何が欲しくて、何を求めてるか、何でも分かってたんだろ?」
「え……? ど、どうやろ」
「少なくとも、出会ってから今までのことはちゃんと覚えてた」
 それは、そうだった。ブランクは細かいことまで良く覚えていた。
 覚えていたせいで、「執念深い」と喧嘩になったことも一度や二度じゃなかった。
 覚えていたせいで、ちょっとだけ嬉しかったことも……あったかな。
 ―――ああ、そうか。
 ルビィは、そんなことを彼に問うた自分の本心を悟らざるを得なかった。
 前のブランクと今のブランク。同じ人なのか、別の人なのか、迷っているのは自分なのだ。
 同じ恋の続きなのか―――それとも、別の恋の始まりなのか。
 思わず、ルビィは身震いした。その問いに答えをつけるのは、何だか怖かった。
「俺は、前の俺の記憶が欲しい。……たぶん、それに嫉妬してる」
 そう結論付けると、ブランクは床に落ちた皮布を拾って、また剣を磨き始めた。
 記憶。
 が、戻ったら。それはもう前のあんたそのものやんか。
 ―――アホ。ちっとも答えになってない。
「うちは……今のあんたも好きやで」
 言ってしまってから、何だか巨大な告白をした気がして、ルビィは首を竦めた。
 ブランクの手はまた止まっていて、凝視されているのがありありと分かった。
「あんたが何も覚えてへんおかげで、うちは前より素直やし」
 でもそれは、ブランクが何も覚えてないせいじゃなかったのかもしれない。
 意地ばっかり張ってないで、もっと素直になればよかったのに。今更、そう思った。
「俺は……今のお前しか分からないけど」


 たぶん、どこかでその言葉を恐れていて、
 どこかでその言葉を待っていて、
 どこかで、その言葉を受け止める自信がなかった。


 同じ恋の続きなのか……それとも、別の恋の始まりなのか。



 顔も体も同じだけど、ちょっとしたクセとか仕草も同じだけど。
 記憶だけが、違った。





「お前が、好きだ」







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