何かを約束したわけじゃなかった。
 何かを告げたわけでもなかった。

 中途半端に引っかかったような関係なら、文句の言いようがないのは仕方ないはずだった、けれど。

「ルビィがタンタラスを卒業することになったど」






Stay by my side




<1>



 アジトに集まっていたメンツは「えーー!?」とか「なんでーーー!?」とか、好き勝手なことを叫んだ。
 バクーは髭を捻りながら、
「アレクサンドリアの小劇場に専念するってことだ」
 と説明する。その隣で、ルビィはただニコニコと微笑んでいた。
「最近、小劇場忙しそうだもんなー」
 ジタンがそう言って、他の仲間たちも「そうだそうだ」と口々に納得の言葉を呟いた。
 ―――ただ一人。ブランクを、除いては。
 彼は黙ったまま、複雑そうな目でルビィを見つめていた。何も、言わなかった。



「どういうことだよ」
 ミーティングがお開きになって、部屋へ戻ると、開口一番ブランクはそう問い詰めた。問い詰める、という言葉がしっくりくるほど、不機嫌な声だった。
「どういうって、ボスが言うた通りやで」
 荷物の整理を始めながら、ルビィはそう突き放した。突き放す、という言葉がしっくりくるほど、冷たい声だった。
「どういうつもりだよ」
 言いたいことは山ほどあったのに、いざ口を開いてみるとちっとも出てこない。もどかしさにブランクは小さく息を吐いた。
「どういうって」
 ルビィは顔を上げた。
「どういう意味」
 平行線だった。
 そう、何かを伝えたわけでもなく、何かを与えたわけでもなかったのだ。
 まるで、虚無の関係。
「勝手に……全部決めたのかよ」
「何その言い草」
 苛々と、手にした何かをベッドに放り投げて、ルビィはブランクを見た。
「うちがどこに行こうが、何をしようが、あんたに関係ないやろ?」
 関係ないわけない。
 それなのに。
 引き止めるための言葉は、何一つ口から出てこない。
「ああ、そうかよ」
 代わりに出てくるのはいつも、罵るような言葉だけだ。
「勝手にしろよ」
 安普請のドアは、悲鳴を上げて閉じられた。



 そう、何かを約束したわけではない。
 荒々しい音を立てたドアを、ルビィはじっと見つめた。
 別に不安だなんて言わないけれど、でも、試してみたいという気持ちはあった。
 彼が怒れば、それで終わりなのはわかっていたけれど。

 いつもの別れと同じはずだった。

 ルビィが逃げ出して、追いかけてきた男はいない。結局、それだけの女、なのだ。



***



 リンドブルム特有の細かい石畳に細いヒールを取られないように注意しながら、ルビィは早足で歩いていた。
 好きだったのか、と、問われれば、たぶん、どちらでもないと答えるだろうと思う。
 どうでもいいようなところは好きだった、かもしれない。指とか、腕とか、肩甲骨の形とか――本当に、どうでもいいようなところ、は。
 それと……余計なことを何も言わないところは、わりと好きだった。
 何も言わないまま、目だけで言ってくれればよかった。
 よかった、けど、何も言わないところが不満だった。
 どうしようもない矛盾。


 行くなと、言われれば行かなかったかもしれない。

 行かなかったかもしれないし、行かないわけにはいかなくなったかもしれない。
 行かないまま、後悔したかもしれない。

 ああ、でも。どっちにしろもう終わったことだった。
 アレクサンドリア行きの飛空艇に間に合うようにと、ルビィは足を早めた。







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