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「どうなん? タンタラスの方は」
ルビィが尋ねると、ジタンは屈託なく笑って「変わらないよ」と答えた。
小劇場の新しい舞台の準備に暇のない彼女を訪ねてきたのは、ガーネットに会いに来たついでに顔を出したジタンだった。
タンタラスの仲間とは実に二月ぶりの再会で、それまで近況も何も聞く機会がなかった。
「新しい女優が来るまで、冒険モノとか友情モノとかばっかりで飽き飽きだぜ」
「へぇ、面白そうやないの」
そう言ってはみたものの、「新しい女優」という言葉が何だか胸に引っかかって、心中穏やかではなかった。
自分が卒業したのだから、新しい女優が来るのは当たり前だった。
当たり前なのだ。
「それで」
聞いても仕方ないのに。
「新しい人は見つかりそうなん?」
「ん〜、まぁボチボチ」
「……そうなん」
聞かなきゃよかった。
寂しいなんて思う権利は、自分にはないのだ。
放り出して来たのだから。
「ただ、ブランクがさぁ」
と、その名前を出してから「あ」とあからさまに慌てて
「やっぱ何でもない」
ジタンは口を噤んだ。
「何よ」
「いや、何でもない」
「ブランクがどないしたん?」
ルビィが怖い顔で睨むと、ジタンは「えへ」とごまかし笑いをしてから、
「いやさ、ブランクが好みじゃないって突っぱねちゃうんだよな」
「……好み、て」
「だろ〜? 自分好みのいい女が来たら入れてもいいとか言って、ふざけちゃってさー」
―――余計に聞いて損した。
なんや、ちゃんと吹っ切っとるやないの。……まぁ、心配なんてしてへんかったけど。
ジタンは一頻り近況を報告して帰っていった。
タンタラスはルビィがいた時と何ら変わりなく、相変わらずマイペースに活動を続けているらしかった。
ルビィがいなくても、相変わらず楽しくやっていた。
***
そして、小劇場では新しい幕が上がった。
ルビィは何もかもをその幕に懸けた。時々妙に孤独を感じて、それを振り払うために何かに集中していたかった。
おかしい、こんなためにアレクサンドリアへ来たわけじゃないのに。
控え室で舞台化粧をしながら、鏡に映った憂鬱そうな自分の顔を見つめた。
おかしい、いつもなら武者震いするくらい興奮する日のはずなのに。
*
「どうせあたしなんて、居たって居なくたって同じなのよ」
「何を馬鹿な」
「あたしが居なくたって、この世は同じように回っていくの」
腕を掴んで引き止めようとする、男。
「あたしのことは放っておいて」
「待て、アンジェラ」
「あんたに、あたしの気持ちなんてわかるわけない」
思い切り、腕を振り払って階段を駆け下りていく、女。
*
という、シーンだった。
「いっ――――!」
足首に激痛が走って、ルビィはがくんと蹲った。一瞬、何が起こったのか自分でも理解できなかった。足をやってしまった、そう思いながら、それでも立ち上がって演技を続けようとした。したけれど。
立っていられなくて、ふらりとバランスを崩してまた倒れた。それと同時に舞台袖からいくつかの悲鳴が上がった。
経費節減で安いセットを作りすぎた。ルビィの細いピンヒールが、ステップの隙間に挟まったのだ。
相手役の男優は、どうしようとオロオロしている。
「あたしのことは放っておいて」
動かない足を叱咤して、もう一度立ち上がる。
「さっさとどっか行って」
歩けそうには、なかった。
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