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「要は酸欠です」
と、医師は言った。
「お騒ぎになりすぎたのでしょうな」
そう言って、彼はクク、と嫌な笑い方をした。
絶対に、何か誤解をしているとシドは思った。ヒルダはもっと真っ赤になって俯いていた。
「ご心配は要りませんよ」
「まぁ、良かったわ」
大公妃がほっと胸を撫で下ろして、ヒルダの頭を撫でた。
「可哀想に、怖い思いをしたのですね」
「全く、ここまで押しかけるとは何を考えているのか、お前は」
と、大公は彼の息子に苦言した。
二人とも何かを激しく勘違いしていたが、ヒルダは恥ずかしがって説明できないらしかったし、シドが言っても信じないことは明白だった。
ので、結局二人とも揃ってだんまりを決め込んでいた。
「誰かヒルダと一緒に休んであげて頂戴」
と、大公妃が召使たちに目をやった瞬間、ヒルダが小さな声で「大丈夫です」と言った。
「でも、あなたを一人にしておけないわ。いつまた公子が押しかけてくるかわからなくてよ? 怖いでしょう?」
「い、いいえ、怖くはありませんわ、母上様」
ヒルダはつっかえながらも、気丈にそう答えた。
「なら、シドの部屋に外から鍵を掛けさせよう。何、野蛮な獣は閉じ込めるに限るからな」
と、急に大公がそんな恐ろしげな提案をした。
「な……っ!」
「いいえ、父上様」
シドが反論しようとしたが、その前にキッパリとヒルダがそれに反対した。
「そんなことをしたら、シド様がお可哀想ですもの」
「お前は優しいのだね」
大公は慰めるように、ヒルダの頭を撫でた。そして、息子に向かってこう言うのだった。
「ヒルダに免じて監禁を免れたのじゃぞ、神妙に致せ」
シドは、思わずうっと詰まった……が、しかし。
とてもではないけれど、ヒルダを一人で寝かしてはおけなかった。
そしてヒルダもまた、とてもではないけれど、一人では眠れなかった。
両親はシドが出てゆくまで部屋に残ると言うし、ヒルダは先に義父母が出て行って欲しいと思っていたし、シドに至ってはそう口に出し、深夜の客間は騒然としていた。
「あ、あの……」
睨み合っているシドと大公、それから庇うように腕を回した大公妃の三人が、口を開いたヒルダに注目した。
「わ、わたくし……シド様と仲直りします」
「何だって?」
大公は目を丸くした。
「シド様と二人っきりで、その……お話が、ありますの」
ヒルダが恥ずかしそうに目を伏せながらそう言うと、大公が急に大声で笑い出したので、その場の全員が吃驚して彼に釘付けになった。
「そういうことは早く申せ、お前という奴は!」
大公は思い切りシドの背中を叩いたので、彼は危うく咽かえるところだった。
「行くぞ」
「まぁ、宜しいんですの?」
「良いも何も、二人は夫婦ではないか」
わはは、と、愉快そうな笑い声が廊下に響いた。
大公夫婦がお供を連れて出て行ってしまうと、部屋は急にしんと静まった。
何だか急に二人きりになってしまって、シドは妙に緊張した。
「シド様……」
小さな声で、ヒルダが呼んだ。
「わたくし、あの、お化けを見ましたの」
「……何だと?」
あそこに、と、細い小さな指が窓の外を指差した。
シドが立ち上がってそこへ身を乗り出すと、「シド様危ないですわ」と、ヒルダは涙目になってそれを止めようとした。
「お化けというのは、あれのことか?」
「どれですの?」
ヒルダは、シドが指差した先を恐々と覗いた。
リンドブルムの国旗が、屋根の上でひらひらと風に吹かれていた。
「まぁ!」
「あれが見えて、怖くなったのか?」
「……はい」
ヒルダが渋々認めると、シドは可笑しそうに笑った。
「可愛いのう、そなたは」
頭を抱き寄せられて、ヒルダは一瞬それを拒もうとしたけれど、やっぱり恋しくて、結局大人しく腕の中に納まってしまった。
「許せ」
シドは、内緒話をするように、耳元に口を寄せてそう囁いた。
「約束を、破ったな」
「そうですわ」
ヒルダはわざと憤慨した声でそう答えた。
「チョコレートケーキ、楽しみにしてましたのに」
「すまん、今度必ず埋め合わせをする」
「本当ですの?」
疑わしそうにそう言うと、彼は耳元でクスクスと笑った。少しくすぐったくて、ヒルダは身動ぎした。
「それから、あの話は誤解じゃ」
「まぁ」
ヒルダは顔を上げた。シドの優しい灰褐色の瞳とぶつかる。
「まだ仰いますの?」
「本当じゃ」
「信じろと?」
「申す」
「あら、わたくしは信じませんことよ」
「ヒルダ!」
「次に浮気なさったら、わたくし魔法であなたをブリ虫にして、虫籠に閉じ込めてしまいますから」
うっ、とシドは胸元を押さえた。
「それは……勘弁してくれ」
-Fin-
祝、初シドヒル! 力の限りのツンデレ嬢を描いてみました(笑)
別にツンデレにしようと思っていたわけではないんですが…
ヒルダは素でツンデレらしいです(笑)
シド21歳とヒルダガルデ14歳。こんな新婚夫婦、可愛くて仕方ないですね!
初なのに、思う存分書いてしまった感じです。楽しかった♪
この二人もまたチャレンジしたいな〜、と思いますv
ちなみに、公子の悪友たちというのは…タンタラスの2期メンバーです(笑)
2007.1.29
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